その昔、台湾で中国語を猛勉強していた頃のこと。街中を歩いていて声をかけられる。このあたりに何々というお店はありますか?そう聞かれてうれしかったことがあった。まずは観光客に見られていないこと。次に外国人には見られなかったこと。返事をしても変な顔つきをされなかったこと。つまりらしい、現地人らしかったこと。
週末、湖畔を散歩していたときのこと。三人の女性が地図を片手にきょろきょろしているのが目についた。中年の方、若いが普通の感じの女性、そしてシックに着こなした美形の女性。その美形が私に近づいてきて地図を差し出し尋ねた。「中山路までいきたいのですが、歩いていけますか?」。わたし、「一寸無理でしょう。ここのバスに乗ればすぐですよ」。彼女、「何番に乗ればいいですか?」。わたし、「いろいろありますよ。運転手に聞けばいい」。そして次は「このあたりで美味しい食事のできる店はありますか?」。「向かいのホテルはどうですか?高ですけど」。「そうなんです、さっき入って驚いてでてきました」。
一通りの説明をして別れようとしたところ、地図のなかの道を指さし、「この通り、なんと発音するのですか?」。わたし、首を横に振ります。これで二人はお互いが外国人とわかったことになる。彼女が中国人ならば、かつ身なりや顔つきからして教養あり、漢字が読めないはずがない。私、「どこから来たの?」。彼女、中年の女性に手をかざし、「この方は日本から来たのです」。オイオイオマエも日本人だろう。留学生かい?しかし発音はしっかりしていた。北の訛りがあることから、北京あたりから知人の親子と一緒に廈門に観光にでも来たのだろう。
中国には百八の方言があるという。だから誰もが発音の不正確さからオマエは外国人かとは聞いてこない。一度タクシーの運ちゃんに「どこの人間?」といわれたことがあった。私の発音が南方系、つまり揚子江の南の訛りがあること。聞いた彼女は北方系、山東省の出身。
中国は広い、一言で括ることはできない。
[ 写真: 湖畔の眺めは中国には見えない。近づいて、脇を彼らが歩いているのに出く遭わさなければ、西洋の近代都市にしか見えない。ここ廈門はやはり特別だ。 ]
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