冬の台湾北部や東北部、台北や基隆は愚図つくのはわかっています。しかし今年の冬の愚図つき加減は半端ではありません。昨年十一月に始まって今でもそうなんです。旧正月の先週一週間、太陽が覗けたのはわずか一日限り、TVで中南部の明るい陽射しを浴びた風景が流れるのを羨ましく眺めていました。
もともと基隆という東北部の港町は「港都夜雨」と歌で唄われているように雨の多い場所のです。山ひとつ越した台北にまでそれが移動してきたのでしょうか。憂鬱というほか言葉がありません。物事はほどほどであってほしい、極端は生き物には厳しい。
いつごろだったでしょうかかなり前のこと、一月だったと思います、愛宕山の物書きと中部に旅にでました。帰路台北に向かう鉄道、北に進むに連れて乗り込んでくる乗客の衣装が冬着に。だんだん厚着になってくる。不思議そうに我々、彼らを眺めていました。台北駅に着き、地上に出るや寒風吹きすさぶ、薄着の私を見て友は自分のレインコートを肩にかけてくれました。
正月市内バスに乗りました。ここも薄ら寒い、いや寒い。何のことはありません、空調機が開いており、冷気が満ち満ちております。客の服装は東京の冬並みの装備なんですが空調機が動いている。お店によっても同様、空調機は冷風。不思議な風景です。文句を言う人はいないんでしょうか、見たことはありません。
昔、台北には暖房機は必要ないといわれました。十度前後の日は一年で一週間程度だからと。ところが今年は周期的に大陸からの寒気団が降りてきては十度をさまよう。それに、ただどんよりだけでなく湿気を伴った寒さなので身体によくないことこの上ありません。部屋の小さな電気ストーブが小さな救いとなっています。
日本の、太平洋岸のカラッとした冬、寒さは厳しいものの、縁側で猫を膝に日向ぼっこが懐かしいですね。
[burikineko]
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Wednesday, February 1, 2012
Thursday, January 26, 2012
台北・巷の年始風景
こちらの正月は農暦の春節がそれにあたります。今年は1月23日でした。農暦ですので元旦は毎年ちがいます。それに農暦ですと季節感を感じられますね。西暦の元旦から季節は春ですが、実感としてはやはり二月前後なら梅も咲き始めますし感じやすい。ただこのところ台北の気候は愚図つき肌寒くそれが数ヶ月も続いている。いっとき快晴が三日続きました。総統選挙の後のことです。騒がしかった選挙活動が終わって、どちらに転んだとしても、天もほっとしたのでしょうか。しかしこの正月、またまた曇天湿冷が戻ってきてしまいました。
昔千葉の田舎で生活していたころ、部落のばっちゃんが生活の区切りを農暦でしていました。畑の準備やら田植えの時期やら遅霜の心配もみな農暦から図っていました。今の一般的な生活の中で農暦が活きているのはお盆ぐらいでしょうか。夏の終わり、秋の始まりです。八月十五日前後、海は土用波が出始めて海水浴はくらげが出るのでやめましょうね、なんてことを教わったりしました。
正月は正月らしい風景を見てみたいものです。しかし都会ではなかなかそれを見るのは難しい。三十年近く前の台北の正月は町中真っ暗、人影もありませんでした。ホテルのスナックもお休み。居残ったピアノの先生や従業員と一緒に、いつもはご法度の賭け事を夜中じゅうしていたものでした。子供も小正月までは賭け事に加わることができたそうです。今はどうなんでしょう。
現代の台北市内の巷の一角はというと、松飾があるわけでもありませんし、国旗が出ていることもありません。ごく普通の変わらない風景です。コンビには24時間営業、小売店も昼間は店開き、ブラウン珈琲だってダンテ珈琲も開いている。ただいつもより店じまいは早いようです。昨日は夜食を選びにコンビニに出かけてみました。お客さんは日本人観光客の若者、それとこれも自由旅行で訪れたと見られる中国人の一家。話す発音ですぐわかりますね。
ツイッターのフォロアーの方は台湾人と結婚した日本人女性。彼女のつぶやきには正月に一族集まって会食をする、その段取りをする風景を描写していました。手際よく12種類の料理を義理のお姉さんだなんだかんだ大勢で料理していく。彼女、あーいつかはあそこに加わって料理をつくるんだな、といっておりました。こちらの正月風景は外からはわからないんですね。
ワタシはというと・・・正月初二日、厦門時代の同僚が里帰りしてきておりまして、恒例になった彼との一日をしに新竹まで出かけてきました。あとはガランとしたマンションに大家さんと二人。初四日の今日はマンションのあちこちから会話が聞こえてきています。みな戻り始めたようですね。
[burikineko]
昔千葉の田舎で生活していたころ、部落のばっちゃんが生活の区切りを農暦でしていました。畑の準備やら田植えの時期やら遅霜の心配もみな農暦から図っていました。今の一般的な生活の中で農暦が活きているのはお盆ぐらいでしょうか。夏の終わり、秋の始まりです。八月十五日前後、海は土用波が出始めて海水浴はくらげが出るのでやめましょうね、なんてことを教わったりしました。
正月は正月らしい風景を見てみたいものです。しかし都会ではなかなかそれを見るのは難しい。三十年近く前の台北の正月は町中真っ暗、人影もありませんでした。ホテルのスナックもお休み。居残ったピアノの先生や従業員と一緒に、いつもはご法度の賭け事を夜中じゅうしていたものでした。子供も小正月までは賭け事に加わることができたそうです。今はどうなんでしょう。
現代の台北市内の巷の一角はというと、松飾があるわけでもありませんし、国旗が出ていることもありません。ごく普通の変わらない風景です。コンビには24時間営業、小売店も昼間は店開き、ブラウン珈琲だってダンテ珈琲も開いている。ただいつもより店じまいは早いようです。昨日は夜食を選びにコンビニに出かけてみました。お客さんは日本人観光客の若者、それとこれも自由旅行で訪れたと見られる中国人の一家。話す発音ですぐわかりますね。
ツイッターのフォロアーの方は台湾人と結婚した日本人女性。彼女のつぶやきには正月に一族集まって会食をする、その段取りをする風景を描写していました。手際よく12種類の料理を義理のお姉さんだなんだかんだ大勢で料理していく。彼女、あーいつかはあそこに加わって料理をつくるんだな、といっておりました。こちらの正月風景は外からはわからないんですね。
ワタシはというと・・・正月初二日、厦門時代の同僚が里帰りしてきておりまして、恒例になった彼との一日をしに新竹まで出かけてきました。あとはガランとしたマンションに大家さんと二人。初四日の今日はマンションのあちこちから会話が聞こえてきています。みな戻り始めたようですね。
[burikineko]
Saturday, January 14, 2012
友へ
厦門老街のマンホール以来のお手紙ありがとうございます。
何の縁でしょうか、私現在厦門におります。といっても何も重要なことがあるわけではなく、友とひと時を過ごしているにすぎません。台湾は今日が総統選挙とあって、全島選挙モード、嫌気が差し、旅行客の少ないこの時期にということでやってきたってことです。しかし残念ながら小雨と濃霧、どこそこに出かけることも適いません。友のご主人にこんな天気が続くと帰りのフェリーは出ないですよ、と脅されたりしております。厄介です。
先ほど友と会食を終え、さあ洗濯でもするかとベランダの洗濯機をいじるんですが、うんともすんとも言いません。厄介です。
それとネット鎖国大国のこの地、ネット先の友人とも交流ができません。となると突然孤独感に襲われたりして、ネットで友達っていうのも良し悪しだなと思い込んだりしています。これも厄介です。
ではでは・・・お身体に注意されてまたお会いできることを楽しみにしております。
ブリキ猫
何の縁でしょうか、私現在厦門におります。といっても何も重要なことがあるわけではなく、友とひと時を過ごしているにすぎません。台湾は今日が総統選挙とあって、全島選挙モード、嫌気が差し、旅行客の少ないこの時期にということでやってきたってことです。しかし残念ながら小雨と濃霧、どこそこに出かけることも適いません。友のご主人にこんな天気が続くと帰りのフェリーは出ないですよ、と脅されたりしております。厄介です。
先ほど友と会食を終え、さあ洗濯でもするかとベランダの洗濯機をいじるんですが、うんともすんとも言いません。厄介です。
それとネット鎖国大国のこの地、ネット先の友人とも交流ができません。となると突然孤独感に襲われたりして、ネットで友達っていうのも良し悪しだなと思い込んだりしています。これも厄介です。
ではでは・・・お身体に注意されてまたお会いできることを楽しみにしております。
ブリキ猫
Sunday, January 1, 2012
正月届いたメールに返信
![]() |
| Happy New Year 2012! - Indian children |
東京は快晴の元旦だそうで、うらやましい。
印度の犬をブログにアップしようとアナログフィルムからデジタル化を試みておいでのようですが、才能豊かな貴君としてはデジタル変換
それと風邪は万病の元であることは重々承知でしょうから、
ではでは・・・ 台北のジジ

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