Wednesday, August 11, 2004

「三十八度線の北-建築のない風景」十年後記


見 るべき建築があるわけでもなく、ただ荒涼とした風景が広がるのみの場所。見えるものは、北からの進入を防ぐため海ぎわに張られた、どこまでも続く鉄条網 と、運河の傍らでひたすら三十八度線の北へ戻れる日を待ち望む人々の姿かもしれない。束草では、人が住み続けているにもかかわらず、建築のない風景がひろ がっている・・・ photo(C)Eiji KITADA

三十八度線沿いの旅から戻って間もない頃、日本のテレビで「チケット」という韓国映画が放映された。舞台は韓国のひなびた地方都市、そこの喫茶店で働く女 たちのお話。喫茶店にコーヒーの出前を注文すると、女性が配達してくれる。女性は配達以外のサービスをして収入を得ることになる。

ソウルから束草のバスターミナルで降り立ち、我々は宿の手配をしなければならなかった。2月、三十八度線に近い日本海側のこの小都市はやたら寒い。ホテル でも簡易旅館でも良かったが探しあぐねていた。暖と口を潤すために喫茶店にはいる。客は若い女性ばかり、それもだらだらと適当にテーブルを占めている。 コーヒーを運んできた女性に身振り手振りで宿はないかと尋ねると、案内しようと近くのひなびたホテルに連れてってくれた。その女性は、帰り際にコーヒーを 持ってこようか?らしいことを言って戻っていった。

それから二日たった早朝、我々は三十八度線に向かう道路が行き止まった町の宿で警察官にたたき起こされた。昨夜は遅くまであちこち歩き回って酒もしこたま 飲んだ後、酔いの残った顔で質問を受けることになった。仲間のうちの何人かが、飲み屋で前線から戻った若い軍人たちとちょっとした口論があったらしい。年 寄りの、日本語の通訳が職務に忠実そうな警官に我々の返答を翻訳してくれていた。警察官は、無礼があってはいけないとの配慮からか、簡単な朝食を注文して くれた。温かいコーヒーとトースト、配達してくれたのは若くて魅力的な女性、我々のやりとりをおもしろそうに聞き入っていた。

「チケット」という映画を見たのは旅から戻って半月もたたない後だった。

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