Sunday, September 6, 2009

[台北] 防空演習の日


古い話です。六月三十日のこと。昼下がりのひと時、一時半から二時、大通りから車の姿が消え、人通りも途絶え、バスはバス停で三十分動こうとしません。四辻という辻には公安関係者が交通をコントロールしています。この日は年一回の防空演習の日だったんです。サイレンが鳴るわけでもなく、突然に写真のような光景に相成りました。よく行き届いているものだと感心したものです。事務所の方々われ関せずで一向に興味を示しません。アタシはこういう世界、知りませんからずーっとこの様子を眺めいていました。

遥か昔、韓国三十八度線近くの小さな漁村を旅したことがありました。それも真冬に。昼ごろでしたか、仲間四人と小雪の舞う街をぶらぶらしていたところ、突然のサイレンと軍の車列が通りを塞ぎました。驚きましたね。事情がわからない外国人、街往く人の姿も消えています。こりゃ我々もボケッとして立っているわけにはいくまいと、近くの建物へ入り込みました。この頃は確か毎月演習を行っていたのだと聞いています。戦闘が始まったと考えないところが幸せな日本人ですね。

話を戻しまして、台北の演習開始前まで動き回っていた車、タクシー、バイク、などなどはどこに消えたのでしょう。大通りは敵襲に備えて道路を開放、タンクや装甲車が走行できるよう確保しておくわけですよね。ですから表通りはガラガラに。そして裏通りにて一般車両は一時待機ということのようです。そこまで見には行きませんでしたが、きっと大渋滞だったのではないかと。[ 写真撮影: 1:40pm 30 / June / 09 ]

1 comment:

fumanchu said...

1993年、大田万博の折と思いますが、京城新世界百貨店地下食料品売場で防空演習に出くわしたことがありました。館内放送がナンタラ言ったと思ったら、電源オフ、館内は非常用照明の薄暗がりに。周りを見ると買い物中のおばさん連は「今日の特売品」かなんかを掴んだまま、フリーズ。

火事でもなく放送は、軍隊長のオッサンの声で、「非常時国民の心得」かなんかのお説教をタレています。この分では5分か10分で終わるのだろうと思いましたが、薄暗がりの中におばさん連と、ぼーっと待っているのもナンなので、動かないエスカレータを踏みしめて外に出たのであります。非常用照明」というのは「非常時」のためのものなのですね。