一 昔の上海、外灘(バンド)に残された戦前の建物のライトアップが始まったばかりのころ、魯迅の住まいを取材に出かけた。住まいを管理している役人とあれこ れ言い合った疲れを断ち切るため、最高の食事をとることにした。外灘に面した和平飯店から出たところで、三人の少年に声をかけられた・・・
彼 らは確か英語で話しかけてきたたような気がする。内容がどうだったのか覚えがない。要は外国人と見ると捕まえて、あれやこれや話をしたい様子だった。うる さく付きまとうのを振り切って群衆の中に紛れ込もうとするが、それでもあきらめずに追いかけてくる。彼ら三人の風情を観察する。<タカリじゃない な>。服装もこぎれいだ。一人は顔立ちもいい。追い払うにはあの手かと、いつもの悪い冗談を使ってみることにする。
「おい、おめーかわいい顔してるなー、今晩いっしょに遊ばないか?」
かれら驚かない。それどころか、それならどこどこがいいですよとまで言ってくる。
ふとひらめいた。<メシの場所を聞いてみるか>。
「俺っちら、これからメシ食いたいんだけど、いいとこ知らないか?」
かれら、あっちだこっちだと有名店ばかりで新鮮味がない。
「普通の店でいいんだ、美味ければ」
三人が相談している。と、ニヤッと笑って答えた。
「上海大厦(厂+夏)の裏に安くて美味しい店があるのですが・・・」
歩いて五分もかからない。あのホテルの裏に食い物屋なんてあったかなー、と思いつつ
「OK,いっしょに食うかい?」
「食事はしたばかりなんです。でも一緒させてください」
このころはもう中国語だ。私の連れは英語で話している。彼らの英語は流暢だ。
上海大厦(厂+夏)の横道は長屋が続き薄暗い。食い物屋らしい店も見当たらない。少々不安だったが彼らに続いた。長屋の一軒の扉を開けて中に入る。客は誰 もいない。時間は夕刻六時過ぎ、十分食事どきのはず。普段着の青年が注文をとりに来る。普段着だというのも珍しい。若者たちに注文を任せる。
我々はビールを、彼らは清涼飲料水を注文した。乾杯をしてから、お互いの素性を話し合う。彼ら大学生、暇をもてあまし、仲間と外人を漁っては外国語を鍛えているとのこと。
食事を待つあいだ店の中を観察する。ばーさんが店内を掃除している。確かに全体が小奇麗だ。
注文が次々と運ばれ口にする。悪くない。いや、美味しいかもしれない。運んできた青年にその旨伝える。にこっと口元で笑い奥に下がっていく。我々五人は雑談と会話に花を咲かせていた。店には少しづつ客が増えてきていた。
そのときハッと気づいた。店内には女性が一人もいない。客も従業員も掃除のばーさんを除いてその場の人間はみな男性ばかり。少年たちの顔を見ると、<気が つきましたねー>という目で笑いかけてきた。<そうか、ここはホストの集まりだったんだ>。私の悪い冗談に、彼らは見事に答えてくれたのだ。
店の中の男たちは、薄暗い店内でも整った顔立ちなのが分かる。中には化粧をしているものもいる。みな店を仕切っていた男性と親しげに話をしている。少年のひとりが話をしてくれた。
「この店の店長はもと上海で有名なホストでした。辞めてからここにスナックを出したんです。」
「お客のほとんどは現役のホスト、お店に出る前ここで食事をしていくんです。」
「一番賑やかになるのは真夜中です。店を終えたホストが集まってきます。」
きっと壮観だろう。大きくない店に着飾った男たちが一堂に会する。
しかしこの少年たちはなぜ裏事情まで詳しいのか。それは彼らの父親と関係していた。
ひとりは大学の先生の子供、もう一人は共産党の、そして最後の一人の父親は公安部の偉いさんだった。上海を仕切っている連中の子供たちなのだ。知ろうと思えばいろいろ知ることができる。
公安の息子は
「これからどうするのですか?家に来て裏ビデオ見ませんか?日本のものもありますよ」
おやじは分捕った裏ビデオを家に持ち帰って観ていたのだ。
いつの時代も青少年は時代を表している。今、彼らはどうしているだろうか、興味深い。
[写真は今年五月のバンド]
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