Saturday, July 7, 2007

[廈門・394天] 雑記

・日本では今日七夕か。テラスに出て空を仰ぐも星は何も見えない。町全体を贅沢に照らす照明が原因だ。

・河北の友は新しい仕事場に馴染めないでいるようだ。体調がよくないという。先日、何故近頃連絡をくれないのかとSMSが入った。あなたのblogが以前のように活き活きしていないから、故意に連絡を入れなかったのだと答えた。なにやら不満そうな文面が届いた。

・ボスは相変わらず、私の中国語に満足していないようだ。他の人にそう漏らしている。その分しっかりした仕事にありつけないと感じた。これは私にとって辛いことだ。また中国語の会話の授業を始めるか。先生は誰にする。一番大きな問題だ。昔の老師を呼び戻すか、新しく気分一新できる先生を捜すか・・・。

・辣腕総経理が何故去ったのか、まだ誰も知らない。本人が一度私に語ったことがあるものの、私の中文能力では理解できなかった。何か我々の知らないことが彼に身辺で起きていたのかもしれない。なぜなら、最も彼を理解していたボスですら分からないのだから。

・人間引き際が大事だ、日本人の感覚なのか。元ボスの周辺から次々と人が去っていく。見るに堪えられない。ボスは彼から仕事を徐々に切り離している。仕事に取り組まない元ボスを見ての対処だ。言い訳は出来ない。人間引き際が大切だ。

・影のボス直轄の部門がある。会社内部をガラガラポンするネタをつくっている部署だ。このトップがDVDを貸してくれた。今日半日かけて半分見終えた。日本の連ドラ、「ハケンの品格」、台湾版、「派遣員的品格」と、代わり映えしない翻訳だ。。篠原涼子のキャラは、彼女らしくて私は好きだ。

・明日は日本語の先生がわりをする日。会社の行き来と全く関係ない一日。日本語を必死に学ぼうとしているこちらの若者に接するのは楽しい。

[ 写真: 廈門の夜景、ビルの照明、コロンス島の明かり、対岸彰州の工業地帯。何故か豊かさを感じさせる光景。 ]

Friday, July 6, 2007

[廈門・393天] 手助け

珈琲店で働く小姑娘二人、仕事探しに必死になっていた。我々幹部がよく訪れるので、何かと会話に入ってきては、きっかけを作ろうとしている。一番人を必要としていたのは、酒店となりでばかでかい工事を担当している老頭子。しかし、彼は若く経験の少ない人間はいらないと常日頃語っていた。せいぜいホテルの幹部に声をかけてあげるぐらいだろう。麗江の若造はほしがっている。しかし彼は危険だ。仕事を超えた人事に関わってしまう可能性がある。

まあ幹部といっても、人事権があるわけでなく、最終的には董事長にお伺いが必要なのだ。事はそう簡単に動かせない。そこで私はホテルに移動したばかりの、交流を最も得意とする元秘書に声をかけてみた。彼女と一度、珈琲店に出向き、面通しをさせた。しばらくして、ホテルの経理から経歴書を持って面接に来てみなさい、と返事をもらったという。

では連絡を入れてみては。彼女、携帯がつながらない、プリペイドカード(ここ中国はプリペイドのみ)が空らしい。きっと金がないのだろう、追加のカードが購入できないでいるのかもしれない。仕方なく、私がもう一人の小姑娘に連絡を入れ、元秘書に電話するようすすめた。

帰宅してすぐ、もう一人の小姑娘から連絡が入る。二人して酒店に行ってきた、元秘書と話をしたところだ、という。二人時間があるので私の家に来て食事を作りますよー。エッ?今晩は元秘書と一緒に珈琲店に出向き、酒店の件を君たちと相談する予定だったのだよ、と告げ、では元秘書共々食事をしよう、とあいなった。

四人、一寸多めの食事を取り、私の家にやってきて、彼女たちの交流が始まった。元秘書と二人の小姑娘、方や珈琲店の内幕を、方や酒店のあれこれをしゃべりまくっている。元秘書、こういうときは活き活きと話をする。特に若き小姑娘に仕事を紹介してきたばかりだ。酒店が駄目なら、もう一つのホテルで面接してきなさい、酒店の彼とは話が付いている、彼は人事担当だ、と姐御気分になっている。気分が良さそうだった。

扶助 ( fu4zhu4 )の精神。ここ中国は人と人、組織をさしおいても人と人の関係が優先される。今の私、組織の中のポジションに関係なく、必要な人間を捜しては一緒に仕事をしている。これも一つの扶助。悪くいえば配下をつくっている。麗江の若造が、体制を語って私の仕事をさせようとする。そうなれば役に立たない組織の論理を振りかざすまでだ。

[ 写真: 記事とは全く関係ない写真。こちらのウェッブ上で探し出した章子怡(チャン・ツ・イ)の映画シーン。着物をモダナイズ、映画を見ていないので何も言えないが、コスチュームがいい。 ]

Thursday, July 5, 2007

[廈門・392天] 歩き疲れて・・・

一年前のこと、中国東北地方に出張した際、日本のカード会社から電話が入った。あなたのカードが悪用される可能性がある、という。僅かな金額だが、一度使われると、そのあと大金を支払わなければなる、カードを止めていいか。勿論同意、どこの誰がフィッシングしようとしたのか、カード会社ではだいたい見当がついているらしかった。

こちらでクレジットカードを使うことは全くない。まず使う場所がかなり限定されること、つまり不便なのだ。日本にいたとき、私はしばしばインターネットショッピングをしていた。日本で購入できない商品を手に入れるためだ。お店を限定しているせいもあるが、問題は一度も起きていない。

ここ中国ではまだ外国製品を入手しにくい。出来ても関税の関係でかなり高価だ。私はこのところ、ある商品がほしくてたまらない。日本に戻ってまで手に入れたいと思っている。安心してこの地でインターネットショップが使えるだろうか。あれこれ考えてみた。リスクはあるものの、銀行にある金を分散させることで、被害を最小で済ませられるだろうと、昨日銀行に出向き、綱上銀行(インターネットバンク)の手続きをしてきた。

銀行に金さえあれば、つまり現金さえあれば、ショップは銀行カードを一番信用する。銀行のこのサービスを受けることにした。若き妊婦に同伴してもらい、早めに会社をで、まず預金の一部を引き下ろし、この現金を別の銀行に新しい口座を開き、預金する。暗証番号保護のため、この口座は使わないようにする。そして元々の銀行口座を使って綱上銀行(インターネットバンク)を開いた。使えるようになるのは一週間以内だという。一つ楽しみが増えた。

はじめにこの手続きをしたいがどうしたらいいだろうか、若き妊婦に話したところ厄介なことをいう。パソコンを銀行に持ち込み、二度にわたりあれこれ・・・ということだったが、実に簡単、窓口一度で全て片が付いた。彼女もついでに綱上銀行の手続きをしていた。中国もサービスというジャンルに力を入れ始めている。

もう日が落ちかけていた。手伝ってくれたお礼にと、若き妊婦に肯徳基 ( ken3de2ji1 ケンタッキー・フライドチキン ) で鶏腿 ( ji1tui3 ) をご馳走した。彼女と別れ、ひとり海浜公園をゆっくりゆっくり、日没の海岸線を汗を流しながら帰路についた。海浜公園からみる内海の風景は、流した汗を忘れさせてくれた。歩き歩いて家に着くと、そのままベットに横たわり、気がつくと真夜中の三時、十分疲れていたようだ。

[ 写真: 今年初めに開かれたばかりの海浜公園、珈琲店あり、パブあり、スナックあり、スタンドバーありと、夜中はなかなかの賑わいだという。一度訪れてみたくなった。 ]

Wednesday, July 4, 2007

[廈門・391天] 希比


こちらに来た当初、私が元ボスからよく言われたのは、「ヒッピーみたいだね」。ヒッピー(希比 xi1bi3"hippie" )なぞ死語かもしれないが、元はといえば、物質文明や既成の秩序に反逆する人間をさしていた。そのうち、愛を語り平和を望み・・・なぞ俗に語られるようになる。

元ボスの意味するところは服装。Gパン、Tシャツ、コンバース。大企業にあってはならない様をさしている。まあ当時はホテルの工事現場が事務所だったので、現場の人間と一緒、格好をどうこうという話は重要ではなかった。

それでも、現場視察に来た影のボスの前に、そんな格好で私は現れた。しばらく一緒して話を聞いていたが、元ボス、私を呼んで「もう下がっていいよ」。工人と間違えるような様で現れるな、ということ。

それから一年、ある時元ボスが私に話しかけた。「君は平和を愛する人間なんだね」。当然である。好んで喧嘩を売るようなマネはしたくない。ボスは意識的に喧嘩を売る類の人間。自分でもいうように、かつてはヤクザまがいだったこともある。のし上がる、仕事を盗る、金を得る、平和主義ではなしえないと思っている。

会議で激論を交わし、自分の意見を頑固に押し通す。人のアイデアを自分のものにする。出来る出来ないはおいといて、自分ならもっといい案を提供できると語る。仕事を盗るにはこの方法しかないと考えている。私は違う。通すべき筋は通す。彼とは水と油なのだ。このところ、彼と会話を交わしたことがない。例えヤクザまがいでも、昔のように、まずやるべきことはやる、口にしたことは実行する、という姿勢が見えないからだ。

仲間うちに話す。元ボスは辞める辞めるといっていっこうに辞める気配がない。我々が去った後でも、きっと彼は辞める辞めるといい続けながら居続けるだろうと。

[ 写真: ヒッピー・ジェネレーション末期に登場したロック・グループ、イーグルスの若き頃と三十年後の彼ら。最近は YouTube で、しばしば「ホテル・カルフォルニア」のライブをみている。MTV全盛期の、好きなビデオクリップが、今ではウェッブでみることができる。孤独な夜を一人過ごすにはうってつけだ。 ]

Tuesday, July 3, 2007

[廈門・390天] 老頭子密かに策す

最近、とみにあたしと親密さを増している台湾老頭子、こちらに来てまもなく一年を迎える。はじめは何故か孤立していると感じたり、総経理だと威張る風情を見せていた。それも辣腕総経理に取って代わられ、ショボンとするわ、仕事が動かないわで、気持ちが追いつめられていた。彼に原因があるわけでなく、二人のボスの権力争いに巻き込まれたのだ。

今年、確か春節以降だったろうか、彼、居直った。ボスから能なしといわれ、台湾に戻れといわれ、彼は「ハイ」と答えたのだ。ボス、今すぐとはいわん、ということで、肝がすわった老頭子、ボスに左右されることなく、自分の考えで仕事を始めた。以降、おどおどとした素振りがなくなった。駄目なら駄目、できることしかできない。徐々に彼の仕事はボスに評価されるようになった。反面、反目の相手、元ボスは、そんな彼の、ボスに顔を向ける態度に腹を立て、始終罵るという。

能なしが何十人いても仕事にならん、十人で十分だ、老頭子はいい始めた。もともと元ボスが集めた人間、仕事もないのに現場事務所でぶらぶらしている。イヤ、ないわけではない、元ボスが仕事に集中しない、したくない仕事に手を出さない。結局何もすることがないのでぶらぶらしている。

人事権は権力者の手の内にある。かれはこれに挑戦し始めた。ケチなボスは彼に聞く。「何故こんなに大勢の人間がいるのだ、彼らは何をしているのだ」。老頭子はボスの一言を理由に、人員削減に取り組み始めた。

職員は毎年、労働契約を更新する。老頭子、どうやら役立たずの名前をボスに伝えたらしい。手始めに九人の職員、ボスの同意がなく、契約更新できず退職していった。他にも何人かは任意退職している。もし昔の、あたしの秘書がここにいたなら、確実に首になっていただろう。それを察知し、亭主に不倫の疑いをかけられた女性が拾い上げ、ホテルへと移動させたばかりだった。

老頭子、別に改革に取り組んだわけではない。自分の仕事をしやすくするために考え、それを実行しただけだ。結果、元ボスの配下にあった連中が去っていく。この出来事を元ボスはどう感じているのか。大企業にはそれなりの文化がある。この文化を変えるのは至難の業ではない。老頭子のように、居直ってこそ、少しづつだが、変わっていくのかもしれない。この様子を脇で見るあたしは、依然第三者であり続けている。あたしこそ明日がないのかもしれない。

[ 写真: 本当の夏空だ。澄んだ空、白い積乱雲、夏なのだ、廈門は。 ]

Monday, July 2, 2007

[廈門・389天] うるさいのだ!-II

夏のうだる暑さ、へばりつく湿気、それだけで疲れてしまう。一寸詰まった仕事を終えて帰宅、食事を取り終えるとバタッとベットに倒れ込んでしまう。と、突然大音響。重機関銃が爆裂したようなドッドッドッという響が寝室にまで届く。はっと飛び起き、何時かと、携帯を見やると夜中の十時。音源とおぼしき先を探しにテラスに出る。目の前で道路工事が始まったのだ。

どうもこちらでは、公共工事は二十四時間構わないらしい。昼夜明け方お構いなし。機材が揃えば、工人が集まれば仕事を続ける。常識らしい。だからみな何も言わない。お上の仕事に口出しはしない。だから夜中に突然地響きのような音が響き渡る。これ常識らしい。

では、民間工事はどうだ。前に住んでいた高級住宅地。高級マンションをにょきにょきと建設中だ。民間も国に習って追い込みになると二十四時間体制。高層から廃材を下に投げ捨てる。ドーンという音があたりを揺るがす。それも早朝。誰も文句は言わないのか。

これも以前住んでいたマンションの話し。上の階の大家、半年にわたって自宅を改装していた。週末をゆっくり休もうと思っていても、突然ドリルの音が。これがずーっと続いていた。ドリルのバイブレーションに酔しれたのではと思ってしまう。ときにはコンクリート釘を打ち込む音。さすがに夜の十時過ぎには終えていた。私は文句を言わなかった。言おうにもどう表現したらいいのかも分からなかった。

もう一人の老頭子と若き妊婦、彼らは同じマンションに住んでいる。このあたり、国際船の発着が可能な大埠頭を建設していた。それに伴い、周辺は大開発中。となりで超高層マンションを建設中。ある日ある晩、彼女が眠りについた途端、甲高い金属音が鳴り続いたという。いわゆるキーキーという、頭に触る音。亭主は出張中ということで、若きご婦人一人、現場に乗り込むわけに行かず、電話をかけたそうだ。現場の人間曰く、「文句を言ってきたのはあなた一人ですよ」。で、またまたカチンと来て持ち前の強気な発言で黙らせたらしい。

かつての日本、高度成長期の東京はどうだったろうか。今でこそ、工事時間は法で決められ、真夜中にうるさい音はなくなっているはずだ。みな同じ路を通り過ぎていくのだろうか。

[ 写真: 廈門は岩の島である。一寸掘るとばかでかい岩が首を出す。大きな工事現場では、ハッパをかけ、砕いて運び出すが、人通りの多い路の脇なぞでは、重機を使い、時間をかけ、小さく小さくして運び出す。 ]

Sunday, July 1, 2007

[廈門・388天] 戻ってきた友

河北のskypeの友が戻ってきた。戻ってきたといっても、彼女のblogが再開されたということ。失業後、新しい職場に移つった彼女の心境が述べられていた。まだ馴染めないのか辛そうで、疲れたと書かれていた。全て昔の辛かったことを忘れて新天地に向かったわけだから、そこでの成功を祈るより他ない。

どうも彼女、愛哭 ( ai4ku1 泣き虫 ) らしい。チャットのなかで、泣顔の絵文字を使うことが多い。新しい職場の総経理との面接の席で、ある話題になって泣いてしまったという。自分でもなぜだか分からないと書いていた。昔からなのかは知らない。

私の中文読解能力は高くない。それでも、彼女のblogを覗くのは楽しみだ。実に感性豊かに自分を表現している。外国人に読む気にさせるだけでもすごい。分からない単語や、文節にぶち当たると辞書を引かせる。中文を勉強させてくれる。わたしにとって、すばらしい中国語の教師である。

感性の豊かさは、一寸したことにも反応して見せてくれることでも分かる。先週、私が日本語教師のまねをしてきたことを話すと怒っていた。何故?と聞き返すと、私だけの日本語の先生でなくなったから、と答えた。うれしいかぎりである。

私が彼女と知り合ったのは、skypeを開いていたとき。あるチャットが入った。そこには、「廈門で孤軍奮闘中、ヒャヒャ!」という一文。わたしのプロフィールの自己紹介を冷やかしていた。面白いアクセスをしてくる人がいるな、というところから始まった。チャットはごく普通の会話から始まったが、内容がとても素直だった。付き合っていけそうに感じた。率直なのは、チャットに反応しないでいると、「返事がない・・・」、絵文字で涙顔を送ってきたり、冗談で「アホ!」と書き込むと、「傷ついた」と返答してくる。

彼女とは一度会って話をしてみたい。屁理屈好きな私も、きっと率直に対応できそうな気がする。

[ 写真: 昨年、嫉妬に駆られた亭主と戸惑った彼女の仲裁に入った後、道端で購入したジャスミン。冬場に向けて枯れるのではないかと心配していたが、今は鮮やかな緑に。二人の関係も新しい芽をふいてもらいたいものだ。 ]