Tuesday, February 12, 2008

[廈門・609天] 離開 - 家族

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

丸一日、インターネットに繋がらなかった。原因はこちらにあるわけではなく、マンションかネットの大元にあったようだ。それに海外へ携帯も繋がらない。日中間で何かあったのではと心配してしまった。真夜中の一時、ようやく復帰、ブログもメールのチェックもできたわけだ。いやいやそれだけで結構あわててしまう、困った時代に入り込んだものだ。というわけで、今日はいつもお世話になっている姐姐のこと・・・

アタシは家族という絆に薄い、と勝手に思っている。幼少の頃の父と母は一階と二階に別れて寝起きしていた。二階には異母姉妹が父と一緒していたし、酒好きの父は連夜のように外で飲み明かしていたから、なおさら父とは縁が薄かった。家族がまとまって何かをするという記憶もない。

ここ中国には、まだ家族という共同体が強く残っている感がする。当然故郷に愛着もあるし、郷土意識は一国に等しい。若い連中からは、徐々にその連帯感から離れたいという気持ちも時に見受けられるが、節目節目には手みやげをたくさんして戻っていく。長男長女は家族全員の面倒をどれだけ考えているかを見せなければならない。そのために出稼ぎに出ているのであり、たとえ身体を売ってでもやることはやらなければならない。

いやいや日本だってそうだよ、といわれればそうなのかもしれない。アタシの家が特別だったのかもしれないし、オヤジが医者という偏屈な仕事に就いていたからかもしれない。とにもかくにもアタシに家族という連帯感は薄かったし、今でもそうかもしれない。正月休み、みななぜアナタは国に戻らないのか、娘たちに会いに行かないのか、逆になぜ彼女たちはオヤジのところに来ないのかと聞いてくる。

過年(年越し)、廈門の知り合いがみな里帰りしてしまった。見るに見かねて乳飲み子を抱える姐姐が、ではおいでなさいと誘ってくれた。いけば、外に出ている子供たち二人、一週間、両親と過ごす。隣近所みな人の出入りが多くなる。里帰りしては村の知人たちへ挨拶に出かける。学校の友人、親戚、たくさんたくさん。単なる習慣だからか、義理からか、心からなのか挨拶は欠かせない。

姐姐の家では、ずーっと娘や息子がそこにいたかのように淡々として受け入れていた。気持ちの和む風景である。だからといって、アタシは長逗留できそうにない。結局最後は煩わしくなるだけなのだ。家事の手伝いにきているご夫人、今はいいけど、今後、必ず伴侶が必要よ、としきりに口にする。そうかもしれないが、今のアタシにはできそうにない。困ったもんだと思うも致し方ない。

[ MEMO: 乳飲み子を抱える姐姐。写真を見ると、一年前よりかなり肉がついたようだ。かつてはギスギスのお痩せだった。母親似である。で子供はというと亭主似か。 ]

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