Friday, February 8, 2008

[廈門・608天] 離開 - 田園・・・

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

勝間を思い出した。漳州の豊かな穀倉地帯の一つの農村、アタシには何もすることがない正月、ぶらぶらとあたりを彷徨うだけ。勝間の正月と同じだ。細く入りくんだ街路に車を目にすることはほとんど無い。ここではバイクが有効な交通手段である。バイクだけはひっきりなしに行き来している。村の中を、村から村へ、村から県道のバス停まで、一寸した荷物、全てバイク。そこが勝間と違うところか。

村は台地に位置している。平地は農地、おかげで村には緩やかな坂が多い。歩いていて風景が変化に富んでいる。台地は水害から村を守っているのかもしれない。大きな川はないが、堤防があるわけでもない。風景はそれだけで穏やかだ。畑の土を手に取ってみた。柔らかく適当に粘りけがある。美味しそうな土だ。

この村の主産業は農産物の出荷。そのなかでもキノコの生産が占める額は多いらしい。キノコは特別な倉で栽培されている。かつて、千葉の勝間部落で目にしたアガリスクの倉は簡易組み立て式のものだった。ここでは立派に煉瓦造りである。商売柄、オーこんな外観のレストラン、悪くネーなー、なぞ口にしてしまう。姐姐の弟が一軒のキノコ倉を覗かせてくれた。真っ白なキノコが蚕棚の床に眠っていた。

畑のど真ん中にも洒落た、とアタシには感じる、穀物倉もある。一人歩いていると、川縁の小屋からご老人が声をかけてきた。「オハヨウ!」といったらしい。ミン語だからアタシにはわからない。推測するにである。アタシも台湾語で返事をする。「オハヨウ」。ここのミン語は、廈門のミン語より台湾語に近いらしい。話し方が優しい。なにしろ村人はみなミン語、子供たちもミン語、ミン語で話をしていないのは外からやってきた人間だけだ。アタシもそうだし、近くの若造が連れてきていたオンナトモダチは黒竜江の出身だ。

ここ西門は川で隣村と仕切られている。僅か幅二十メートルほどだが、水は勢いよく流れている。水量はこの時期でも豊富だ。浮き草が流されていく。それに合わせるように、大量の石化製品、お菓子の袋だビニール買い物袋だ発泡スチロールが連れだって流れている。現代ゴミを処理する習慣はない。教育もされていないだろう。生ゴミは川の水も畑の土も食える。自然に帰せるが、現代ゴミはそれができない。この村でただ一つ残念で一番大きな問題点。

・・・アタシは誰に断りも無しにブラッとでてしまう。なにかあると姐姐の呼び声が離れていても聞こえてくる。暗騒音無しの環境である。おー、中国の農村で生活できるぞー。

[ MEMO: キノコの倉。煉瓦造。なかはがらんどう。竹でできた棚が何段にも積まれている。棚には土がしかれ、土に混ぜられたキノコの菌が成長して食い物へと変わっていく。なぜだか知らないが、頭の部分は棄てるんだそうだ。味が悪いらしい。頭の部分は畑の土にばらまかれている。そうだよな、昔は人様が食えなくても土が食っていたんだよな。 ]

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