Tuesday, September 1, 2009

[北京] 中華式ぶっかけうどん

王府井大街楽天利百貨[lètiānlì bǎihuò] (ロッテ百貨店)隣りにあるモール六階「大食府」飲食店街からぶっかけうどんの作法。

まず「大食府」専用のプリペイドカードを購入する。最低百元から。使い切らない場合はちゃんと余った分を返却してくれる。

1 - セットメニューから具を選ぶ - 肉と野菜が十種類ほど、肉は牛・鳥・豚・羊・魚から
2 - オバサンが細麵を煮えたぎる釜にぶっこんでゆでる
3 - ぶっかけ一式 - 左から脂ぎったスープの入った馬鹿でかいお碗、ゆでた麵、盛り付けた具をのせた皿とがお盆に
4 - スープに麵と具をぶっかけ、皿を被せて待つこと一分、出来上がりです

具をぶっかけるところが日本と違いますね。いやなかなかな味でした。悪くないという意味でです。厳冬の北京なら最高だったのではないでしょうか。唐辛子を一寸の気分でしたが備え付けてありませんでした。それに香菜も。

これで二十元前後、日本円約三百円です。高いとみるか安いとみるか。ちなみに厦門の羊肉麵は十五元でしたから妥当な値付けと味でしょう。北京で北京ダックを食したくない人は訪れてみてはいかがでしょうか。

Monday, August 31, 2009

[北京] 裏街 - 胡同


東アジアのあちこちを動き回っていたわりには北京情報がほとんど無いんです。大昔に仕事でチョいの間滞在したことと、それも朝から晩まで仕事仕事で街中出かけることなんてできませんでしたし。もう一度は北朝鮮を覗きに行ったときに北京空港経由だったんです。その際は空港出るはずではなかったものの、長春から飛んでくるはずの飛行機が寒波で雪のため飛べず、北京に足止めされたこと。夜中でしたから仮のホテルに入室し、寒さででかけるのもかなわず状態でしたから、北京のことはほとんど知りません。ですから北京と聞けば故宮博物館、北京ダックと仕事柄「胡同」ぐらいなんです。

今回は胡同が仕事の対象。胡同って市内いたるところにあり、それも小さい区画から大きい区画まで大小さまざま。それぞれに名前が付いています。運転手だってわかりません。信号で止まると飛び出していって聞いている。でもほとんどの人が外地人、北京以外からやって住みついた人たちでしたから、皆目判りません。裏通りに入いり御老人に聞いてみては?で、ようやくらしき場所に行き着きました。ほんの一画を小半時探し回ったでしょうか。

「胡同」(路地)にじっくり入り込んだのは初めてです。建物はみな壁も屋根も灰色です。写真で見ていた限りでは、単調で味気のない寒々しい光景かと思っていましたが、違いました。きっと灰色の材料のせいだと思います。温かみがあって触っても感触がいい、セメントモルタルのとげとげしさがありません。自然の材料が生み出す効果なんでしょうね。見直しました。ただ、もともとの胡同は四合院形式の住居の集まりだったんでしょうが、四合院の中庭は増築に継ぐ増築で迷路のよう。本来の面影はありませんでしたね。それに路地沿いの、見かけだけを上塗りしただけでした。

昼過ぎに暇ができてしまい、ホテル裏の迷路のような胡同を歩いてみました。ジッちゃんバッちゃん、無職遊民 [wúzhí yóumín](無職の人)、打工[dǎgōng](出稼ぎ、アルバイト)の連中が会話に花を咲かせておりました。下町裏通り、どこも同じですね。

Sunday, August 30, 2009

[北京] 新疆餐庁の肚皮舞


二十年近く北京を訪れていませんでした。この地にあまり興味がわきませんでしたし、昨年のオリンピック開催の時にはぜひ訪ねてきてください、とSkypeの友に言われていたものの、それだけでは引き付ける力はありませんでした。それにSkypeの友、消息ナシのツブテで連絡のとりようもありません。

厦門時代の同僚と連絡が取れました。台湾大手会社の北京事務所で活躍しているようです。着いた日の晩、ご馳走しますからと連絡が入ります。三年ぶりでしょうか、彼と会ったのは。「何がいいですか?北京ダックはどうですか?」。わたしは答えます、「北京ダック以外なら何でも」。

昔も今も北京の街は薄暗いですね。印象は変わっていません。彼の車で走ることおおよそ半時間、中心部の北、工人体育館周り、人と車で一杯です。何かイベントがあるとか。裏側の路地を抜けて路上駐車、駐車料を徴収する人間が立っていて案内します。この徴収システム、どうなっているのでしょう。

彼の案内してくれたお店はしんきょうウイグル料理、カバブ系でした。料理の味よりも、舞台で見せてくれたアラブ・中央アジア系のダンスに見とれておりました。中国語で肚皮舞[dùpíwǔ]って言うんだそうです。お腹の皮の踊りか。(新疆 [xīnjiāng] Xinjiang, a province in China)

[ today's photos ] Ishtarの歌と踊りにハマッているアタシとしては最高の接待でしたよ。アタシにとって見慣れぬ世界の一つに触れることができたのですから。ただ少し残念だったのは、踊り手さん、フェロモンを撒き散らすまでの真剣さが足りなかったですね。[写真はN95でビデオ取りしたものからフレーム(640x480)をバラしたものなのでボケボケです。ビデオはこちらで見ることができます。Ishtarが舞う肚皮舞はこちら。]

Saturday, August 29, 2009

[北京] 三通 - 北京の旅


二泊三日という強行で北京に出かけてきました。台北から上海までを東シナ海上空、上海から北京までは内陸を飛ぶんですね。フライト時間二時間四十分。航空会社は中華航空、台湾の会社です。彼らのB747が満席でした。

この旅も「三通」の旅でした。「小三通」のローカル色豊かな旅と違って、ごくごく普通の国際線という感がしました。おそらくほとんどの客が台湾人と思われましたが、その中に入り込んでしまうと、フライトアテンダントはアタシを彼らと一緒くたにしてしまいます。他の国際路線なら、客席を回りながらエントリーカード「入境登記表」を手に一人ひとり聞いて回ってくるはずなのですが、それがありません。「あのー、入境登記表をー」とお願いすると「(台湾)居留証明書があればいりませんよ」と受け付けてくれません。「あのー、外国人なんですがー」で、ようやく手にできました。行きも帰りも。

[追記] 更新が二日ほどできませんでした。あちらでblogger.comとtwitter.comが開けなかったのです。厦門でも一時期起きていたことです。それもアタシの持ち込みラップトップだけ、会社のデスクトップではちゃーんと開けんですよね。akiさんがtwitterで語ったところによると、上海に出かけた友人はyoutubeも駄目だったとつぶやいていました。

[ today's photos ] 何しろ二十年ぶりです、北京は。ホテルで無料の市内地図を手に入れます。地図情報の密度が多すぎて眼鏡を用いてもホテルの若い連中にも文字が判別できません。それにしても大きい、大きすぎですね北京は。

Wednesday, August 26, 2009

[台北] 裏街 - 晩夏


アタシは東京生まれの東京育ちだが下町風情は知らない。記憶に無いが田園調布のロータリーの一番外れに一時期いたらしい。その後は芝三田、といっても三井の山の麓にあった病院の一角で育ったから四国町など裏町っぽいところは知らない。それからは杉並で、多摩丘陵で、千葉の片田舎暮らし、どこも長閑な環境にいた。

台北に来て、こちらの大兄が用意してくれた住まいはまさに下町そのもの。小さなお店がどこまでも続く道幅の狭い錦州街という商店街の雑踏を一本入った裏通りに住んでいる。この界隈、裏通りはみな四階建て、時折見かける五階建ては違法建築のはずである。さらに屋上屋を重ねるトタン屋根の屋上屋も多い。

住み始めの頃は、えーこんなとこ、と落胆していたが、食い物屋の種類も多いし味も悪くないし夕刻過ぎにはまちの方々がジョギングにいそしむ緑の多い公園もある。部屋が最上階の四階で、風のない真夏の蒸し暑い日にこの階段を上るのは至極難儀だが、ジッちゃんバッちゃんが台湾語でアタシに話しかけてくるなど、アーこれが下町風情なのかと素直に受け入れてる。

蒸し暑さを少しでも避けようと、バルコニーに出て一服しようと外を見ると下弦の月が見えた。確か以前にこの光景を紹介したのは冬だったと思う。あれからすでに半年以上過ぎている。

Tuesday, August 25, 2009

[金門島] 金門島 - 老台湾


小三通で厦門はいいのだが、金門の事情がよく分からない。飛行場からフェリーへとどうやって移動するのだろう。場所や所要時間と距離、あらかじめ金門の地図でもとググッとマップやアースしてみた。???ボケボケだ。Google台湾も同様だ。Yahoo!はどうだ、やはり同じ真っ白けだ。えいや!敵陣からはどう見えてたのか、手掛かりありか?で、いまや世界有数なまでに成長した中国検索エンジン「百度」で検索。アー地名が漢字で書かれているだけでした。

金門の飛行場にはちゃんと島の正確な地図があった。「小三通」で沸き立つ観光ブームのおかげで、仕上がりの美しいパンフレットも用意されていた。「金門旅遊地図」「民宿味わいの旅」「金門観鳥・観鳥金門」などなど。さらっと目を通してみて気がついた。そう、ほんの十年前まではここは前線だったのだ。パンフレットのキャッチに嘘はないだろう、「世界で唯一完全に保存された最新の戦跡」。その昔、サイゴン郊外のベトコン地下基地見学コースなぞに出向いたが、何か見世物っぽい感があった。しかしM16銃弾一発1US$は本物でした・・・。

島の四分の一ぐらいは「金門国家公園」に指定され、古い台湾の風情がそのまま残されているようだ。時間が欲しい、ゆっくりとここ金門の旅をしてみたい、もう一度手作りソーメンを食したい。

[ today's photos ] 厦門も金門も似通った大きさの島のようだ。一寸比べてみる。厦門本島東西約12.5km南北約14km、金門島東西約18.5km南北約15km。金門島は四国(東西240km南北180km)を0.6%縮小かけたような形をしている。飛行場は土佐の高知あたり、フェリー乗り場は瀬戸内側の伊予あたりにあると思えばいい。ただとても小さく可愛い島なのだ。

Monday, August 24, 2009

[厦門] フェリー客の「小三通」


厦門から金門に戻るときのことです。通関を終え、フェリーの乗船待ち時間、人の列ができました。静かに並んでいた客も、時間が立つにつれおしゃべりが増えてきました。わたしの後ろでも会話が始まりました。振り返ってそのお二人の様子を見るわけにもいかず、ロバ耳立てて聞いておりました。

男:ご主人に会いに行くんですか?
女:ええ
男:お腹の赤ちゃんは何ヶ月?
女:八ヶ月です
男:じゃ、台湾で産むんですね
女:ええ、主人がそうして欲しいというので
男:奥さんは厦門の人?
女:ええ・・・

女性が厦門の人間と分かると、台湾人の男性、そこから台湾語・厦門語と標準語のちゃんぽんに。私にはよく分かりません。それまでの話から推測してみますと、女性のご主人は厦門に仕事に来ていた。そこでネット恋愛をしたらしい。結婚し、台湾で生活を始め、出産直前に国に戻って両親にお腹見せしてきた。ご主人は昨年の経済危機で銀行の仕事を失い、まだ次の仕事についていないという。

台湾人と結婚する大陸の女性が増えているという。大勢の大陸の女性が台湾に住み着き始めた。中国は確実に経済成長を続けているとはいえ、大半の人の収入はまだまだ台湾人の平均収入に程遠い。「三通」は経済政策のみならず、庶民の人的交流もまた促しているようだ。

それにしてもネット恋愛の話って初めて目の前(いや背中)で聞いた。そういえば大陸のスカイプの友たちはいかがしているのだろう。北京の彼女も広州の彼女もある時期からトンと音沙汰がなくなってしまった。あれほどチャットに熱心だったのに・・・。

[ today's photos ] ターミナル脇の開発地区、急速に建設が進められている。工事は24時間休みなし。厦門の姐姐は右端に見える高層アパートに住んでいる。