先日、同じ時期にこちらにやってきた台湾人と一悶着あった。わたしはここではただ一人の日本人、なおかつ中国語を流暢にこなせない。言い争いをしようにも、口から先に生まれてきたような方々とはとうてい渡り合えない。最初から避けてとおってきた。そんなわたしでも、切羽迫るとキツイ一言が口に出てくる。
事の起こりはこうだ。元ボスがわたしを呼んだ。影のボスの要求に応えてくれと言う。元ボスとは今では部署が違う。本来ならお門違いなのである。しかし答えられる人間はわたししかいないのだから仕方がない。お手伝いをした。このプロジェクト管理をしているのが、かの台湾人。この件を知って彼自らも手を動かし始めた。それを知った元ボス、余計なことはするなと言い争いになったらしい。相当な言葉が行き来したとも聞いている。それもわたしを巡って。
彼、それ以降、突然わたしに対する態度が一変した。名前を呼びつけに、理由も言わず呼び出したり。わたしは争いごとが嫌いだ。仕方なく二人に同じ図面を手渡し説明することになった。ところがである、手直しに必要な情報が彼の手元にあったにもかかわらず、図面を書き終えたところでそれを見せられた。わたしはいたく腹を立て、彼の勝手さを罵った。思わぬカウンターパンチを喰らった彼、ドタドタしてしまった。それ以降、わたしは彼とまともに話をしていない。
こうなったのも、元ボスがわたしを高く評価するのに対し、彼をわたしの面前で非難することがたびたびあり、この件、彼をいたく傷つけていたのだ。さらに、面子を愛する彼、このところの組織替えで、地位が下がり、仕事の内容も限定され、送り迎えの車も取り上げられるらしい。彼は、彼が愛したプロジェクトにしがみついている、と元ボスがわたしに話した。元ボス、「愛惜 ( ai4xi1 ) 」という言葉を使っていた。愛惜かー、日本では今では死語だろうなー。
来週から、空席だった総経理の椅子に新しい人間がつくことになっている。彼が求めてやまなかったこの椅子、今では遠い彼方となってしまった。ある人曰、彼はここを去る決心をしたという。わたしより若いにもかかわらず、はるかに高齢を感じさせるように見える今日この頃の彼である。
リスペクト、ここで働く人間に今必要なのは、この一言だろう。(ヒロシさん、また愚痴ってしまいました。お許しください。)
[ MEMO: 真夜中に近い昨晩、KTVの歌手から電話が入った。明日の会議に出席したくないのでこれからきて指名してくれという。訳がわからないことをいう。さらにおしゃれしてきてねと。彼女も愛面子、わたしの友人は(友人である。彼女の客ではないのだ。)他のコの客とは違うのよ、というところを見せたかったのだろう。
寝酒が入ったところだったし、一昨日の会席でしこたま飲んだこともあり、出かけたくなかったものの、そこは女性に甘いburikinekoである。ステージ脇で、客のいなくなった席に、店の経理やママさんらと雑談を交わしてきた。彼ら、店の売り上げの話や、あの客がどうのこうのと、その日のあれこれを話していった。幕が下りたあとの、わたしの一番好きなひとときである。 ]
Sunday, November 11, 2007
Sunday, November 4, 2007
[廈門・514天] 続・漢詩の一文をめぐる厄介な対話
わたしの手元に三種類の「水滸伝」があった。みな翻訳物だ。岩波文庫版、平凡社版、それに吉川英治版。堅く原本に忠実な翻訳の岩波版、読みやすい平凡社版、そしてもちろん面白いのは、こなれた日本語で書かれている吉岡英治版。作者吉岡英治の解釈が入り、原本から面白いとされる部分に強烈に手を加え、更に面白くしていた。この三つ、どれもが「水滸伝」なのだ。わたしは「水滸伝」をエンターテイメントとして読んでいる。「水滸伝」の作者は不詳だ。もともと民間伝承されていた豪傑話に筋道をつけてまとめたのが始まりだとも言われている。時代が下がると更にいろいろな話を加えてふくらませたのだとも言う。
漢詩をその延長で語るわけにはいかない。唐詩にはれっきとした作者が存在する。読み人知らずはほんの僅かしかない。スカ友の言うように、原文は一つというのは道理である。しかし、時に原文の詮索に困ることもあるのだ。毛沢東が愛読した「水滸伝」と、中国建国以降、共産党が定めた定本「水滸伝」とが同じだったかどうか。
クラシック音楽(といっても、当時のはやり歌のようなものだが)。バッハのゴールドベルグ変奏曲、グレン・グールドというピアニストは、若い頃と晩年と二度収録をしている。聞き比べると全く違う曲のように聞こえてくる。
なんだかんだ屁理屈を並べ立ててみたが、絶対的な基準というのがないからこの世は面白いのだと言いたかっただけだ。(何でこんな事にこだわっているのか、自分でも不可解なのだが・・・)
そんなことはどうでもいい。昨夜、わたしは、この二週間、夜ごと夜ごと練習した当代歌謡曲を、KTVに出かけ、熱唱してきた。気分爽快である。
[ 写真: わたしの好きな「無間道-II」(インファナル・アフェア-II)という映画をインターネットで見た。しかし彼ら、中国語、つまり標準語で話していた。この映画、香港映画であり、もともと広東語でしゃべっている。感じがでない。香港黒社会の雰囲気がない。なおかつ、インターネット上には、標準語の他に、ミンナン語あり、四川語有りと、様々なアフレコ版があった。中国奇っ怪なり。 ]
Saturday, November 3, 2007
[廈門・513天] 漢詩の一文をめぐる厄介な対話
skypeのコメント欄を書き換えた。スカ友が自分のコメント欄に漢詩(こちらでは唐詩、本当はこれが正しいらしい)が書き加えられたのを見、おもわず懐かしい李白の詩の一節にした。一瞬のあと、チャットがやってきた。スカ友:為什麼不是"望明月",而是"望山月"?(なぜ明月でなく山月なのですか?)
わたしがコメントに書き込んだ唐詩は、李白の「靜夜思」から。詩の全文は、
牀前看月光
疑是地上霜
舉頭望山月
低頭思故鄉
明らかに「山月」とある。えっ、えっ?スカ友の問いかけの意味がわからない。返事に「でででは調べてみます」。スカ友:「調べる必要はない、ここは明月なのだ」。インターネット上で探った結果を見てからわたし:「でも、日本の文献ではやはり山月でしたですー」。
誇り高き中国人のスカ友曰:
但這是中國古詩。你現在學唐詩,是不是應該學中國原版的呢?所以原版的是:"床前明月光,疑是地上霜。舉頭望明月,低頭思故鄉!"
(しかしですよ、これは中国の古詩です。アナタが今勉強している唐詩は原本のものですか?原本では「明月」です!)
と[!」マーク付きで返事が来た。これには[晕](クラッ)ときて、更にネット上で文献を当たってみると、
「・・・この詩は日本では、・・・舉頭望山月,低頭思故鄕。・・・これは、底本の違いや、日本では『唐詩選』(明・李攀龍)を重んずる伝統があるのに対して、中国では『唐詩三百首』(清・塘退士)を重んずるという習慣の違いのため。前者(『唐詩選』)は、盛唐に偏っているため、配慮が必要。・・・」
とある。そーか、二種類出回っているのだ。と、スカ友に伝えると、
「因為有名的古詩一定隻有一個版本。要尊重作者。所以不會出現不同書名,所以詩內容也不一樣的情況。尤其是中國的古詩!」。(なぜなら、有名な古詩には必ず一つの版本に二種類の詩があるのである。作者を尊重しなさい。ですから同じ書名でも、内容は同じではないのである。なおかつこれは中国の古詩であります!)
私たち日本人は、古典というものが、時代と共に内容の一部が書き換えられている事実を知っている。本物の原本がない場合、翻訳者は、注釈をつけてこの件に断りを入れている。ここはどこどこの何々本による、と。ここは中国である。二つの文、二つの解釈は許されないのだろう。
わたしは気分を悪くし、「アナタの意見に従うつもりはない」と送り返した。
しかし、しかしである。例え原文と違っていても、「明月」では明るすぎる。そのとき、李白の置かれていた状況に合わない。わたしは「山月」と書かれた雰囲気が好きだ。だからコメントは書き換えていない。
説教されたなー・・・。
[ 写真: 気分転換にKTVにいくことにした。この歌手と歌の練習でもしてこよう。ここでは、歌い間違えても文句を言う人間はいない。 ]
Wednesday, October 31, 2007
[廈門・510天] 分手
日本で、バードウォッチングを続けているヒロシさんからメールが来た。「・・・仕事大変でしょうが、仕事や人間関係以外のことも書いて下さい。・・・」
自分でもなぜこれほど人間関係にこだわって書いているのか、時に不可思議な気持ちになるのです。きっと、愚痴をこぼす相手がそばにいないからではないでしょうか。しばらく我慢してください。年寄りの愚痴は、長く、しつっこいのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で、本文・・・
分手( fen4 shou3 )、別れる、恋人と別れる。別れを綴った歌のはなし。
ある日ある晩、クラブのステージで男性歌手が気持ちを込めて曲を披露している。店の女性がささやいた。「アタシの一番好きな曲!」。この一言に、すかさずボーイがわたしに声をかける。「彼に花輪をさし上げますか?」。いわゆるチップ。「OK」。「二つ?」(二百元)。あたし、「一つ」。
この曲、印象に残った。店の女性に曲名と歌手名を書いてもらう。早速家に戻り、インターネットで探しダウンロード。うーん、寂しい曲だ。とても寂しい。ジンとくる。店の女性にショートメールで伝える。「いー歌だなー」。彼女、「どこが?」。わたし、「心が痛む」。会話はそこで途切れた。
男性歌手はステージを下りると、私の席にやってきてお礼を述べた。わたしは店の女性に告げた。「次にきたときは、個室に彼を呼ぼう」。彼女、「歌のレッスンしてもらうの?」。おぼえる価値がある。しかしまだレッスンは受けていない。
会社の若い女性が私の席にやってきて告げた。「アタシ男友達と別れたー」。「オー可哀相だなー、この曲聞いて気持ちを入れ替えなさいな」。わたしは、彼女に、ダウンロードしたかの曲を、メモリーカードに入れ、手渡した。
翌日、彼女がやってきて恨めしそうに話した。「昨日は一晩中この曲聴いて涙流してた」。
この歌い手、酒場のナガシをしながら、テレビのオーディション番組に出ては落ち、落ちてはまた出てを繰り返し、ついにこの曲が認められ、デビューしたのだそうだ。ネクラそうである。名前を陳楚生、曲の名は「有没有人告訴你(あなた)」。阿久悠のいう、歌が空を飛ぶ曲だ。
そんなわけで、このところ、毎晩繰り返し繰り返し聴き入っている。いまではわたしの中で歌が飛びかっている。
[ 写真: 陳楚生。ビデオクリップからキャプチャーしたもの。百度という検索ネットで、日本からでも探せるのではないだろうか。 ]
Tuesday, October 30, 2007
[廈門・509天] 小事情
特殊な事情がありまして、幹部の多くが台湾人、スタッフのほとんどが中国人。もちろん比率は圧倒的に中国人が多い。台湾人に共通しているのが口うるさいこと。私の席のとなり、彼はまだ若い幹部。彼が中国人スタッフを呼び出し、仕事の内容にとやかく言っている。席が遠いので内容は聞き取れないが、どうやら一つのことについて長々と説教している様子。長い、なにしろ話が長い。
ある時、呼び出されたスタッフに一言声をかけてみた。「どう?仕事の内容は」、彼「万全です!」。苦笑するわたしを見るや、彼、態度一変する。突然にわたしの手を強く握りしめ、早口で語り始めた。「小事情( xiao3 shi4 qing2 )、小さな事なんです。こーんな小さな事をとやかく言うんです。それも何度も何度も」。わたしは幹部である。幹部に下手な答えはできない。それを、わたしの苦笑する様に、彼はわたしが事情を理解してくれているのだと、息せき切って話したのだ。
麗江の若造、ここ廈門に来ては麗江のスタッフに電話をかけまくっている。これがまた長い。そして苦情をたらたらと述べている。一度話せば済むだろうと思うも、彼もまた繰り返し繰り返し叱りつけている。そのくせ、こっちに来ると電話代がかかるかかると愚痴っている。当然だろうにと思うも、原因は自らにあるとは思ってもいない様子だ。
台湾人がそうなのか、中国人は違うのか、事情はわからないが、彼らは実によく話す。ああいうとこういう。話が激高して、手が震え出す者もいる。わたしは、彼と話すときはどこを押せばいいか、どの部分にさしかかったら話題を変えればいいか、なぞ理解して話をしている。ただ予期せぬ反応が返ってくることもある。女性技術者に、アナタの書いた図面はこれこれこうで、だからこうなって、結果こうするべきではないか、と説得しているうちに、彼女の目つきが変わってきたりして、ありゃまどうしましょう、なんて事もあったりした。
あれこれ愚痴らしきことを書き立てているものの、やはりわたしは東アジアの旅を、ひと一番楽しんでいるのかもしれない。
[ 写真: 今日もまだ写真ありません。日が短くなり、帳が下りたと思ったら、夜空に満月が見えていたのは、確か数日前だったか。ムーラン・ルージュだった。でも写真はありません。 ]
ある時、呼び出されたスタッフに一言声をかけてみた。「どう?仕事の内容は」、彼「万全です!」。苦笑するわたしを見るや、彼、態度一変する。突然にわたしの手を強く握りしめ、早口で語り始めた。「小事情( xiao3 shi4 qing2 )、小さな事なんです。こーんな小さな事をとやかく言うんです。それも何度も何度も」。わたしは幹部である。幹部に下手な答えはできない。それを、わたしの苦笑する様に、彼はわたしが事情を理解してくれているのだと、息せき切って話したのだ。
麗江の若造、ここ廈門に来ては麗江のスタッフに電話をかけまくっている。これがまた長い。そして苦情をたらたらと述べている。一度話せば済むだろうと思うも、彼もまた繰り返し繰り返し叱りつけている。そのくせ、こっちに来ると電話代がかかるかかると愚痴っている。当然だろうにと思うも、原因は自らにあるとは思ってもいない様子だ。
台湾人がそうなのか、中国人は違うのか、事情はわからないが、彼らは実によく話す。ああいうとこういう。話が激高して、手が震え出す者もいる。わたしは、彼と話すときはどこを押せばいいか、どの部分にさしかかったら話題を変えればいいか、なぞ理解して話をしている。ただ予期せぬ反応が返ってくることもある。女性技術者に、アナタの書いた図面はこれこれこうで、だからこうなって、結果こうするべきではないか、と説得しているうちに、彼女の目つきが変わってきたりして、ありゃまどうしましょう、なんて事もあったりした。
あれこれ愚痴らしきことを書き立てているものの、やはりわたしは東アジアの旅を、ひと一番楽しんでいるのかもしれない。
[ 写真: 今日もまだ写真ありません。日が短くなり、帳が下りたと思ったら、夜空に満月が見えていたのは、確か数日前だったか。ムーラン・ルージュだった。でも写真はありません。 ]
Monday, October 29, 2007
[廈門・508天] 先行き
この一ヶ月、明日はどうなるのだという状況を切り替えるに十分の時間だった。トップの、あらぬ言いぐさの犠牲になったり、緊縮財政へと、表向き動き始め、不可解な体制と、人員整理、この十月末までに何人もの方々が去っていくことになっている。気分は最低、仲間うちの顔つきも目つきも正常ではなくなっていた。
組織替えと共に、わたしの仕事量は激減、それを見ていた仲間の一人、「仕事なければさっさと去るけどなー」と聞こえるように陰口をたたく。その彼、今では本来の仕事がほとんどなく、やらなくてもいい他の人の仕事に手を出している。アナタの仕事ではないではないか、と話すと、ボソッと口を開く。「財務なんてできないんだよなー、大口だって叩けないし・・・」。去るべきはキミではないのかな。
麗江の若造が煙草を吸おうと外に引き出す。グジュグジュしているので「何?」。ボスがわたしの書いた農村計画の考察を高く評価した。全中国農民ナンジャラ大会に提出したかった、といっていた。なぜ早くオイラに見せてくれなかったのだ、と愚痴る。知るか、オマエがこの計画、我が社には厄介者だ、金をせびられるだけだ、ボスはそういっている、検討は適当にしといてくれ、といったではないか、と言い返した。みなボスの一言から抜けだせられないでいる。
あたしは好きな仕事ができれば、どんなものでもいいのであり、農村計画の考察は、あたしのライフワークの延長線上だったし、視点を開発会社の立場で見てみるとどうなるのか、という手法で分析しただけなのだ。ボスがこの論文のどの部分を評価したのかわからない。おそらく、誰も、”会社にとって”、という視点で物事を見ていなかったのだろうと思っている。日本ではごく当たり前のことが、ここではそれが見えてない。みな、”アタシと上の人間”、それに腐心している。「拍馬屁」 ( pai1 ma3 pi4 )、馬の尻に手を合わせる、おべっかだけが全てなのだ。
あたしが会社を去るという気配は消え去ったようだ。一気に仕事量が増え始めた。
[ 写真: 今日も写真ありません。池の鯉が総入れ替えし、小さな小さな鯉の群れを撮ろうかと思っていたものの、見とれて撮影を忘れてしまいました。 ]
組織替えと共に、わたしの仕事量は激減、それを見ていた仲間の一人、「仕事なければさっさと去るけどなー」と聞こえるように陰口をたたく。その彼、今では本来の仕事がほとんどなく、やらなくてもいい他の人の仕事に手を出している。アナタの仕事ではないではないか、と話すと、ボソッと口を開く。「財務なんてできないんだよなー、大口だって叩けないし・・・」。去るべきはキミではないのかな。
麗江の若造が煙草を吸おうと外に引き出す。グジュグジュしているので「何?」。ボスがわたしの書いた農村計画の考察を高く評価した。全中国農民ナンジャラ大会に提出したかった、といっていた。なぜ早くオイラに見せてくれなかったのだ、と愚痴る。知るか、オマエがこの計画、我が社には厄介者だ、金をせびられるだけだ、ボスはそういっている、検討は適当にしといてくれ、といったではないか、と言い返した。みなボスの一言から抜けだせられないでいる。
あたしは好きな仕事ができれば、どんなものでもいいのであり、農村計画の考察は、あたしのライフワークの延長線上だったし、視点を開発会社の立場で見てみるとどうなるのか、という手法で分析しただけなのだ。ボスがこの論文のどの部分を評価したのかわからない。おそらく、誰も、”会社にとって”、という視点で物事を見ていなかったのだろうと思っている。日本ではごく当たり前のことが、ここではそれが見えてない。みな、”アタシと上の人間”、それに腐心している。「拍馬屁」 ( pai1 ma3 pi4 )、馬の尻に手を合わせる、おべっかだけが全てなのだ。
あたしが会社を去るという気配は消え去ったようだ。一気に仕事量が増え始めた。
[ 写真: 今日も写真ありません。池の鯉が総入れ替えし、小さな小さな鯉の群れを撮ろうかと思っていたものの、見とれて撮影を忘れてしまいました。 ]
Sunday, October 28, 2007
[廈門・507天] 持続させることの難しさ
ひと月以上の空白。去年の空白と違い、今年は別に特別な話があったわけではない。イヤ、むしろ小さいものの、いろいろな出来事に有り余るほどでくわしていた。夏の、くたびれたような暑さと、長引く喉の痛み、そして単調な毎日。この空白のひと月は、そんな状況をいかに消していくかが、もしかしたら頭の片隅にあったのかもしれない。それにしても一つのこと、たとえばblogを持続させることのなんと難しいことか・・・。
賄いオバサンを雇い、余計な生活感を軽減させたり、週末にはガッコの先生と茶館で雑談をしたり、時に大枚をはたいて夜の町へと出かけてみたり、日本・韓国・中国のはやり歌なぞダウンロードしては、仕事中イヤフォーンをかけて聞いてみたり・・・。何かと変化のある生活環境を積極的に考え、実行してみた。
この試みは成功したのかもしれない。ある時、二人の女性、昔の秘書とまもなく臨月の若き妊婦から、「若返ったみたい!」と、ほぼ同時期に言われた。変化が若返りを演出するとは考えても見なかった。ほー、適当な刺激って必要なんだ・・・。シンさんが、日本からのメールでさかんにわたしに伝えてきたことは、「運動したまえ!」。キミに不足しているのは運動だ。運動は試みなかったものの、カラオケで歌いまくるのも運動の一部だと思うことにした。
台湾人が言うように、オマエにはプレッシャーがない、と、自らの至らなさを棚に上げ、わたしを見つめるのを横目に、プレッシャーとは、自ら消し去ることが必要なのだ、たまには自前の金でカラオケぐらい行ってみろ、と言いたいほど、彼らの表情はどんどん暗くなってきている。人から受けるプレッシャーを傍らに置き去ることもできないでいるのだ。
ワォ、なんと愚痴の多いこと!
おっと、一言大事な話を言い忘れてしまった。新しい中国語のセンセが来週からやってくる。話はできるものの、発音がいい加減だったり、言い回しがめちゃくちゃだったりと、オマエは一年以上ここにいてなーんもマスターしていないではないか、という台湾人の言いぐさへの対応策だ。確かに自分でもそれがわかってきたので、カラオケ屋で新しい曲を披露するため、歌詞を正確に発音できるよう、日々訓練に励んでもいる。昔の秘書が四六時中諭してきたように、口元をはっきり変化させてしゃべることも始めた。
[ 写真: ありません。このところシャッター押していません。今後この件も積極的にやってみます。 ]
賄いオバサンを雇い、余計な生活感を軽減させたり、週末にはガッコの先生と茶館で雑談をしたり、時に大枚をはたいて夜の町へと出かけてみたり、日本・韓国・中国のはやり歌なぞダウンロードしては、仕事中イヤフォーンをかけて聞いてみたり・・・。何かと変化のある生活環境を積極的に考え、実行してみた。
この試みは成功したのかもしれない。ある時、二人の女性、昔の秘書とまもなく臨月の若き妊婦から、「若返ったみたい!」と、ほぼ同時期に言われた。変化が若返りを演出するとは考えても見なかった。ほー、適当な刺激って必要なんだ・・・。シンさんが、日本からのメールでさかんにわたしに伝えてきたことは、「運動したまえ!」。キミに不足しているのは運動だ。運動は試みなかったものの、カラオケで歌いまくるのも運動の一部だと思うことにした。
台湾人が言うように、オマエにはプレッシャーがない、と、自らの至らなさを棚に上げ、わたしを見つめるのを横目に、プレッシャーとは、自ら消し去ることが必要なのだ、たまには自前の金でカラオケぐらい行ってみろ、と言いたいほど、彼らの表情はどんどん暗くなってきている。人から受けるプレッシャーを傍らに置き去ることもできないでいるのだ。
ワォ、なんと愚痴の多いこと!
おっと、一言大事な話を言い忘れてしまった。新しい中国語のセンセが来週からやってくる。話はできるものの、発音がいい加減だったり、言い回しがめちゃくちゃだったりと、オマエは一年以上ここにいてなーんもマスターしていないではないか、という台湾人の言いぐさへの対応策だ。確かに自分でもそれがわかってきたので、カラオケ屋で新しい曲を披露するため、歌詞を正確に発音できるよう、日々訓練に励んでもいる。昔の秘書が四六時中諭してきたように、口元をはっきり変化させてしゃべることも始めた。
[ 写真: ありません。このところシャッター押していません。今後この件も積極的にやってみます。 ]
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