昨年秋の台北滞在時のことです。台湾では数年前から公共の場所での喫煙が禁じられています。だからといって喫煙している姿を見受けないかというとそんなことはありません。わたしの老飯店(馴染みのホテル)の餐庁(レストラン)には日本人と台湾人の客が多く、かなりの人たちは喫煙を楽しんでいます。餐庁の柱には「禁煙」のロゴが張り出されていますが、誰も気にする様子はありません。
秋に滞在したホテルの客は違いました。滞在の長かった私の喫煙は陰ながらの非難を受けることになります。・・・
このホテルにもロビーとラウンジに「禁煙」の表示とロゴマークが張られています。私はチェックインのときに聞かれた「おタバコはお吸いになりますか?」に素直に従って喫煙用の部屋に入りました。ですからラウンジが禁煙でも問題はなかったのです。しかしこのラウンジ、行ってみると皆さんゆったりとしてタバコを味わっておられる。フロントに聞いてみます。「よろしーですよー」の返事、私はこの言葉に素直に従って常々喫煙を楽しんでおりました。珈琲を注文しても灰皿がいっしょに差し出されます。「喫煙」のロゴは本音と建前か、ぐらいに思っていました。
このホテル、リピーターが多いようです。ひたすら居続ける私はその顔ぶれを繰り返し眺めることになります。なかには強烈な印象を与える中国系アメリカ人もいました。いわゆる台湾でABCと呼ばれている人種です。America-Born-Chineseの略です。四十台前後、端正な顔つき、清楚な様、米語なまりの中国語、慇懃ですがどこか命令調な話し方。私が滞在してから彼の二度目の台北滞在時にフロントに部屋の注文をつけていました。「禁煙の部屋にしてほしい、ホテル中がタバコくさくて困る」。あいにく彼の希望していた部屋がなく喫煙可の部屋に回されたようです。ラウンジで喫煙している私にも聞こえる大きな声です。いや聞こえるように話しているようでした。
別な日のこと、やはりここを常宿としている道教の修行中と思われる若者がいました。いつも袈裟衣を身にまとっています。朝食でちょくちょく目にしますので、何を食しているのか興味を持ってみてみました。他の客と変わらない普通の食事でした。肉を口にしていました。修行者なら精進料理なのかな、と思っていましたがちがうようでした。
あるとき、やはりラウンジで珈琲を飲みながらタバコをくゆられていたときのこと。この若者も隣のテーブルで珈琲を注文していました。ボーイが珈琲を持ってきたとき、彼はボーイに聞きます。「君はタバコを吸うのかい?」。
彼らにとって、このホテルに訪れると必ず目にする私と私の喫煙姿にうんざりしていたようです。そんな中で気にもしていないような素振りでタバコをすい続けるのには勇気がいりました。「やめなさい!」とのご忠告がどこからかとんできそうですが、そうですね注意しますとしか今はいえません。理由はいずれ話したいと思います。
Wednesday, March 2, 2005
Friday, February 11, 2005
「白衣民族」ー民族の色」(韓国) 十年後記
韓流が定着したようだ。十年前には信じられないことだ。流れという文字の持つ捉えどころのなさと、急流になったときの力の恐ろしさも感じる。メディアを賑 わしている男優たちも日本の一昔前を思い出させる。韓国自体もそうだろう、その顔つきの端正さに飽き飽きして、彼らもアン・ソンギなどという伊藤雄之助を 軽くしたような男優をもてはやしていた。
女優は違う、私はいたく気に入っている。どこか色っぽいのだ。大人なのだ。「膝と膝の間」などという映画のイ・ボイなど最高だった。彼女の映画のロケ地な どをたどって三十八度線近くまで出かけて行ったりした。今では「冬のソナタ」などがそれに取って代わったようだ。チェ・ジウもいいが、作られた顔つきなの が気に食わない。などと書いていてやはり韓国には思い入れが強かったのに気がついた・・・ [写真:琴を弾く楽士] photo:(C)Eiji KITADA
この原稿を書いたときのことはよく覚えている。映画の主人公オウドがチマチョゴリを脱ぐシーンで、最後に残るのはなんなのか、とても興味を覚えた。ひん しゅくを買うかも知れない話題だが、和服と異なり女性も褌をしていたのではないかと考えたからだ。比較文化論なので誤解の無いよう。
文献をあれこれ探したが、求める答えは見つからなかった。和服を愛用する女性の友人にも尋ねたが、やはり分からないとの返事だった。ただ、女性が下穿きをしていた可能性はあるだろうといっていた。
比較文化論の続きでもう一つ。数年前イスラム圏を旅した女性が、公衆浴場で見た(勿論男女別になっている)イスラム女性の白または黒の衣服の下には、鮮やかな色物がまとってあったそうだ。
Tuesday, February 8, 2005
消えた老眼鏡
そこでまずしたことは眼鏡屋さんを探すこと、小売店など不案内な台北市内、ホテルのフロントに尋ねてみます。右手を顎にあて、一寸考えた後にある場所を教 えてくれました。ホテルを出て真っ直ぐに大通りを三つ越えればあるはずです。歩ける距離です、歩き始めます。結構な運動になることに気がつきました。なお かつ途中に何軒か眼鏡屋を見かけました。しかしフロントの教えに従います。きっと素敵な店にちがいないと・・・
私「老眼鏡ありますか?」
店「○×△□・・・」
何か眼鏡の専門的なことを聞いているようです。
私「えっつ?」
店「臨時に使うのか?それともちゃんとしたものか?」
私「臨時です」
引き出しから出てきたのが写真に写っている眼鏡、見掛けはなかなかいい。
私「2.5がほしいのだけど」
店「ないな」
私「では何度のがあるの?」
手にしたのは2.0、掛けてみます。
店主が先ほど読んでいた新聞を目の前のかざして言います。
店「どうだい、見えるかい、違う違うもっと近づけて・・・」
私「フレームの色、別のないですか?なんか女性用みたいで・・・」
薄紫色です。
店「ないない、これだけ」
見えないことにはどうしようもありません、購入することにしました。
店「250元」と気を張っていいます。値切られるとでも思ったのでしょうか。
私「小銭ないのでこれで」千円札を出します。
今度はお釣りがありません、店主、店を出てどこか両替に出かけます。
十分待たされた挙句ようやっと戻ってきました。
その間、手に入れたばかりの老眼鏡で店に置いてあった新聞を眺めていました。
日本円で約八百円強でした。
ホテルに戻りフロントで結果を報告します。意外と評判がいい。私もその気になっていました。これで何とか残りの日々を過不足なく過ごすことができそうです。
日本でもそのまま使い続けているこの老眼鏡、私の周りにも評判がいいようです。次回台湾を訪れる時にはみなから注文をとろうか、贈り物にしようか考えているところです。
Friday, February 4, 2005
いつの間にか台湾にも支店が・・・
昨年十一月の台湾、暇をもてあましてTreo600というスマートフォンを手に入れるまでのあれこれを 紹介しました。このときのWebShopはeXpansysという英国に本社を持つ会社です。台湾に支店がないので香港から購入とあいなったのですが。 と、今日見てみるとなんと台湾にも支店が開かれているではありませんか。あーあのときのやり取りはなんだったんだろうと思わざるを得ません。
Treo600、マルチリンガルに使えてよかったのですが、SMS(ショートメッセージ)で日本語が通りませんでした(同じキャリア同士で使えたという報 告もあがっています)。これからはNOKIA9300が取って代わります。わずか一ヶ月の寿命、それでもそれなりに台湾では役に立ちました。物欲の言い訳 です。
[左側に台湾の国旗を見ることができます]
Treo600、マルチリンガルに使えてよかったのですが、SMS(ショートメッセージ)で日本語が通りませんでした(同じキャリア同士で使えたという報 告もあがっています)。これからはNOKIA9300が取って代わります。わずか一ヶ月の寿命、それでもそれなりに台湾では役に立ちました。物欲の言い訳 です。
[左側に台湾の国旗を見ることができます]
「悲情城市」の舞台は今
まもなく農歴の元旦
その昔、台湾で旧正月を過ごした事があります。帰国するのが面倒だったのでしょうね、おかげでビザが切れてしまい不法滞在となってしまいました。罰金を十分払わされたことは言うまでもありません。
Tuesday, February 1, 2005
確かに「うるせーよ・・・」
[写真は昨秋滞在のホテルの一室、ふてた片足が写っています] 理由は建物のつくりと空調の方式が・・・
漏 れる場所はほとんどが壁と窓枠との境、ここがいい加減なんですね。古い事務所をホテルに改修していたりするとなおさらです。オフィスビルは外壁がガラス張 りでできていますから、ここを小さな部屋に割って仕切ると後付で壁を窓枠にぶち当てることになる。この仕事がしっかりしていないので、空気が行き来してし まいます。ためしに手をかざしてみるとすぐ分かります。もう一つは空調、台湾ではがんがん部屋を冷やしますし、噴出す空気の勢いもがんがん。高級なつくりになると、部屋の空気をちゃんとその部屋でリターンさせ るダクトが天井に組み込まれています。これがなかったりいい加減だったりすると、部屋の空気は廊下へと漏れ出てきます。おのずと音も付いてきます。
大昔、馴染みのホテル。十人くらいで日本からやってきてわっせわっせと仕事をしていました。そのうちの一人が合衆国に留学するというので先に帰国すること に。最後の晩、明日は早いから先に休めといって部屋に上がらせます。残った我々、餞別にと彼にお嬢さんをプレゼントすることにしました。カンパを募りま す。ボーイにこれで何とかしてあげてくれと頼みます。しばらくしてプレゼントが届いたとボーイが言ってきました。
残った我々、一斉に彼の部屋の扉にへばりつきます。膝をついて扉の下に耳をつけるもの、枠に耳をつけるもの、七人ほどが一つの扉に固まって耳を立て息を潜 めて寄り添います。脇で見ていると滑稽そのものです。ひどい話ですが、元気だったんですねそのころは。今の若い人は真似をしないように。品位を疑われます から。当然ですね。
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