Monday, July 26, 2004

「愛情」と「お金」は一対

写 真の装身具のようなこの一品、テーブルナプキンを丸めて止めていたもの。上のほうがリングになっていてそこでナプキンをおさえます。房は、中央に石、それ をハート型にかたどられた紐で細工されています。ハートは「愛情」を石は「發財」を。愛と経済に恵まれますようにとの願いが込められています。
この一品、昨年蘇州に滞在したとき、美味しい蘇州そばをご馳走になったレストランで(勝手に)頂いてきました・・・

蘇 州名産の料理も一通り食べつくしたのでと、ある夜の会食はさっぱりした温麺。「美味しい!」というと招待してくれたおばさん(失礼おじょうさん)「日本人 の方はみなこのそばを気に入りますね」。テーブルナプキンを止めていた装身具を興味深げにいじっていると、「石は金(jin1)、周りのハートは愛 (ai4)情を意味しています」。すかさず私「愛銭(ai4qian2)ですか・・・」。彼女大笑い。

愛情があっても経済的に恵まれていなければそれも危ういものに、経済的に豊かであっても愛がなければ人生無意味、本来の意味合いはそんなところに込められているんでしょうが、今の中国、そうは見えません。お金あっての人生、金さえあればすべてが成就される。そこで、
「愛+金」を「愛金」お金を愛する、と私が言い換えました。拝金主義横行にご注意を。

Saturday, July 24, 2004

たまには合衆国のドタバタを覗いてみよう

合衆国はバランスの取れた国だと思う。ああいうとこういう意見が必ず出てくる。その両方をまたネタにする。JibJabはその冴えたるものか。
季節ものなので、リンクが切れていたらごめんなさい。

Thursday, July 22, 2004

オーストラリアは地球のヘソか?

四十年来の友人から送られてきた絵葉書。高温多湿の日本の夏を嫌ってか、毎年真冬のオーストラリアで避暑。南北逆転で見れば、オーストラリアは扇の要に位置している。もっと注意してみると、中国はど真ん中にある。ここしばらく拝金主義者は中国を目指すのが正しい選択。

Tuesday, July 20, 2004

解放を祝ってアロヨ大統領が携帯電話を

20日、イラクで人質になっていたフィリピン人トラック運転手が解放された。フィリピン軍が撤退を完了したのを受けての出来事。テレビカメラの前で、アロヨ大統領はバクダッドのフィリピン大使館に保護されていた彼に携帯電話を使って話しかけていた・・・

こ の携帯、NOKIA9210i、PDAと一体になっています。PCを持ち歩かなくても使えると、高価ながらそれを使いこなす必要な人たちが愛用しているそ うです。他の記憶でも、かつて中田英寿が所属していたペルージャのガウチ社長(名物親父の息子)の手に四六時中収まっていたこともありました。

Friday, July 16, 2004

「多言語な風景」十年後記


初 めて訪れた東アジアが台湾、二十年以上前のこと。しばらくはひとつの国の中で数種類の言語がごく当たり前に使われていたことなど思いもよりませんでした。 ある程度中国語を使えるようになって、台湾の方に「アナタハワタシノイッテイルコトワカッテイマスカ?」といわれたのですが、当の本人は台湾語と標準語を 無意識にチャンポンで話されているのですから困ってしまいます・・・

第三回はそんな風景が見受けられた映画「悲情城市」から考えて見ます
[写真] 騎楼と呼ばれる連続店舗のアーケード/台北 photo:(C)Eiji KITADA

「悲情城市」のなかの上海人は映画の中では評判が悪かった。組織暴力団と地回りのやくざでは、勝ち目は最初から判っている。後ろ盾に軍がついている組織暴力ではどうしようもない。「悲情城市」公開までは、表だって228事件について語られることはなかった。

それ以降、台湾では台湾独立という話が現実味を帯びることになる。現総統選出の背景には、「悲情城市」があったのかもしれない。長年、中国大陸も台湾も 「一つの中国」を標榜してきて、今回の総統選で破れた国民党が掲げてきた「一つの中国」を、中国大陸が逆手に取って現総統を攻撃したのは皮肉なことだ。

台湾には、鄭成功以降に大陸から渡ってきた福建人(いわゆる台湾人)、遅れて渡ってきた客家人、そして日本の敗戦以降中国大陸各地方から外省人が入ってき た。元々の台湾人(高砂族、山地人などと呼ばれてきた)を含め、多くの言語が入り交じって使われてきた。必要に迫られ、彼らは他の言語を理解しなければな らなかった。今でこそ、義務教育の充実で標準語が普及しているが、ほんの一昔前までは、いたるところで「多言語な風景」にお目にかかったものだ。

Wednesday, July 14, 2004

「覇王別姫」とレスリー・チャン

昨 夜、「覇王別姫」(93年)がTVで放映されました。京劇の役者の一生を描いたもの。主演者三人のうちの一人・女形役が張國榮、別称レスリー・チャン。私 には「英雄本色」(男たちの挽歌)でキリキリする演技が記憶にありますが、昨年の4月1日投身自殺、原因は男友達と問題があったとか無かったとか。しかし 映画「覇王別姫」はいい、女形役が自身を表現しているのか凄みがあった。
彼が自殺を図ったとき、私は蘇州のホテルでそのニュースを聞いていました・・・

昨年2月末に続いて4月はじめに再度中国・蘇州を訪れました。蘇州での話題は、新聞でもホテルの食堂で流されるテレビ画面でもトップニュースはイラクの戦い。しかし、私の周りでの話題はまずSARS、新型ウィルス性肺炎。なにしろこの発祥は中国ですから。

日を変えて会うごとに、今日はどこどこで何人発症、何人死んだ、空港が怖い、日本を出るときはどうだった・・・。話題はつきません。何しろ中国はイラク戦 争に反対していますから、遠い話題です。彼らが本当に切実なことは自分のこと。死んではお金が儲からない、儲けたお金も死んでしまう。

もう一つ話題はなんと言ってもレスリー・チャンの自殺。ホテルの食堂のテレビが彼の報道を始めると、若い女性従業員がテレビの前に一斉に集まってきて耳を 立て目を釘付けにしています。原因はなにか、男友達がレスリーをコケにした、男友達の名前は唐先生で、彼との出会いはあれこれだったとか、ホテルから飛び 降りた姿に通行人は彼がレスリーとは思えなかったとか・・・しかし話題がイラクの戦いに移るとさーっとお金儲けへ戻っていきました。当たり前ですがニュー スの関心は個人的でした。

Tuesday, July 13, 2004

[東アジアは「停看聴」]の由来

[東 アジアは停看聴] この由来は台湾にあります。鉄道を横切るとき、踏切で見受けるのが「停看聴」の看板。日本では「止まれ!見よ!」と教わりました。車の 運転教本には、これに「聴け!」が入っています。台湾では「止まれ!見よ!聴け!」。写真は台湾東部、花蓮市から南の鉄道駅萬榮とそこから森坂営林署に向 かう踏切。この踏切を渡った左に見えるのが豚足で有名なお店。週末の昼前後は客で満員に・・・

東アジアっ てどこ?で始まった台湾の旅、1984年のことです。以来仲間たちと東アジア各地を訪れてきました。東アジアは「漢字」と「儒教」の土地。その国々の大き な歴史の中で、一度は触れた「漢字」と「儒教」。旅はそんなところへと向かいました。訪れた国々は、中国・韓国・北朝鮮・台湾・香港そしてベトナム。ベト ナムも朝鮮半島も、かつては漢字を使っていたのです。

その旅の面白さははまさに「停・看・聴」。何か感じたら足を止め、のぞき、話を聞く。必ず得るものがあるはずです。そこで面白さを体験したらもう旅は「停看聴」。行く先々、田舎を、街を、人々を理解することができるようになるでしょう。