小さいときから我が家には神棚はありませんでした。父親の考えだったのでしょうか。医者だった父は自分の診断以外に頼る方法がなかったからでしょうか。
我が家に神棚がすえられたのはそれから四十年あと、千葉の片田舎の農家に引っ越したあと。古農家ですからちゃんと神棚が用意されていました。部落のバッチャンがやってきては神棚が殺風景だね、と一言いっては消えていきます。
部落には神社があり、年に一度の初詣に出かけます。冬の農村地帯、息が真っ白になります。東京からやってきた娘ともども拍手を打ちます。終えて鳥居に出口で部落の男衆から杯を受け、お札と神矢としめ縄をもって帰ります。ちゃんと飾る場所がありますから不自由はしません。それに和紙と稲と白木は和小屋の室内によく合う。室内装飾としてもいいんです。そんな具合ですから信心で飾ったわけではありません。
台湾はちゃんと信心しているようです。商売で信心、家内安泰で信心、健康で信心そして多くのお願い事を廟詣でしてきます。日ごろ訪れる青空市場には文昌宮というそこそこ立派な廟があります。路地に、公園に直接面しいることもあり、通勤通学の帰路の際、一瞬足を止めて手を合せ拝んでいきます。若い連中はおじいちゃん、両親の姿を見て育ったからでしょうか、真剣そのもので向かい合っています。
昨日は参拝客が少なかった。端午節だったからでしょうか。久しぶりに石段を上がります。正廟の柱に願掛けの木札が無数に掛けられていました。一寸目をやると、受験シーズンですね、無事試験が通りますようにの文面が多かった。私はというと、そう傍観者、異国の傍観者です。
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