Monday, February 21, 2011

[台北] 高慧君からPaicʉ Yatauyunganaへ...


[写真:女性ユニット”鄒女”のアルバム”鄒女在唱歌”MTVから]
http://www.youtube.com/watch?v=WGvUkaPJhLA&feature=related
2008年末のクリスマスに一枚のレコードがリリースされた。アルバムタイトルは”鄒女在唱歌”。ツォウ族の女性ユニット”鄒女”が歌っている。アルバム十一曲はすべて自分たちの作詞作曲、このうち八曲は彼女たちの族語で書かれている。なかに五人のユニットが合唱している曲が一つ入っている。”取笑”。なんと訳したらいいのだろう。[kamisamaのいたずら]はどうだろう。ひじょうに綺麗な曲で、今では私の精神安定剤になっている。

[写真:アルバム”鄒女在唱歌”のMTV”取笑”のライブシーン 左から高蕾雅 安欽云 舌頭 拉娃辛逸 高慧君]

歌い手を紹介すると...

始めのパートを担当しているのは安麗娟(舌頭)。”舌ベラ”とは面白い名前をつけたものだ。この曲を作詞作曲。アルバムの中の線画のイラストは彼女が描いたもの。

次のパートは拉娃辛逸(拉娃)。彼女の作る曲はすべて母語のツォウ語。今では恒例となった”山地之夜”という台湾原住民が参加するイベントに尽力していた。残念なことにレコード発売から間もない2009年の二月、心臓病の手術も空しく亡くなっている。

三番目のパートを安欽雲(小安)、ファッションモデル。最近は故郷の阿里山に戻り、珈琲王子と呼ばれる彼と共に高地でしか得られない味の珈琲の生産を手伝っている。先日放映された”ina的厨房”に自分の部落の紹介役として登場していて驚かされた。

四番目が高蕾雅(Lea)、ジャズシンガー。ハスキーがかった声量ある歌声はまさにジャズ向きである。ライブハウスに出かけると彼女の歌を聴けるかもしれない。一度聴いてみたい。高慧君の妹でもある。

最後を締めるのは高慧君。このユニットの編成者である。ビデオクリップに挿入されているライブシーンは2008年開催された”山地之夜”のもの。ここでの彼女は実に活き活きしている。輝く瞳、まさに彼女の族語名Paicʉ、天空の金の星そのものである...。

高慧君がこのユニット編成とレコード発売までに至る道のりは簡単ではなかった。彼女自ら語ったところによると、自分の芸能生活は三つの段階に分けられると。

始めの一段階は、偶然が彼女を成功に導き、中華圏のスーパースター張学友との共演を実現している。彼女自身、自慢できることとしてこのことを上げているが、恐らく以前に書かれたプロファイルだろうから現在はわからない。そのときのライブフィルム”你最珍貴”を聴いてみた。いい曲である。当時のウェディングソング、結婚式で必ず歌われる曲だったそうだ。そして中正記念堂に十万人の聴衆を前にしている。日本でいえば武道館ライブに等しい。歌手として最も輝やいた瞬間だ。

公演を終えたその晩が二段階目の始まりでもある。彼女の言葉を使うならそのときから”迷失”、見失う、自分を見失ってしまう。あとは泥沼である。酒に耽り、酔いつぶれて部屋に戻り、一晩中泣きながら母語で何かを語りつづけていた...。さらに解っているだけでも飲み代のツケが600万元に達してしまう。「ほーら原住民はこれだから...」という陰口が聞こえてきそうだ。この原因を本人は”(成功すればするほど)故郷に戻れなくなった、父母に会えなくなっていった”からだと。
追い討ちをかけるように憂鬱症。次第に深刻になる。慧君の病状が重いという話を聞いた母親は”トランクを二つ持って”飛行機に乗り三人姉妹の住む部屋にやってくる。部屋に入るなり娘の病状を聞くも下の二人は答えない。ようやく”憂鬱症”という一言を聞きだした母親は高慧君の部屋に飛び込み、烈火のごとく怒り一言「原住民のアナタが憂鬱症になるわけないでしょ!」と言い残しさっさと戻ってしまう。
それから間もないある日、両親を招き家族で食事をすることになった。四階に住む娘たちの部屋の階段を”一跛_一跛_一跛”、不自由な足を引きずりながら一段_一段_一段と上がってくる父親の姿を見た瞬間、憂鬱症は完全に消えてしまったと語っている。この段階は六年間に及んでいる。

彼女はそのあと女優への転進を探り始める。徐々に徐々に実績を積んでいく。そして2007年テレビドラマ「美麗晨曦」続いて2009年「芳草碧連天」でその年のドラマ部門の主演女優金鐘獎を獲得する。「美麗晨曦」「芳草碧連天」は高家三代にわたる女性を下敷きに描いたものだという。幼少期に彼女の面倒を見てくれたお祖父ちゃんの高一生の話を聞かせてくれた祖母、厳しくしかし彼女の口からかわいらしいと語る母親、そして自分を。

[Paicʉ Yatauyungana 高慧君]
[写真:先日再放送された番組”火中の太陽”主持人の高慧君・Paicʉ Yatauyungana]

同時期、彼女は原住民を主題とした記録映画番組の主持人を請け負い始める。自ら発言できる場を探し始める。2008年には原住民族電視台で《原視影展》、2010年はおなじく原住民族電視台の《火中的太陽》、そして今年原住民族電視台で《映像公與義》。私が始めて主持人としての彼女を眼にしたのは《映像公與義》の”静土”。興味深そうなフィルムらしいと見始めたが、番組のあとに作者を相手にテーマを掘り下げていく彼女の深い洞察力と鋭い指摘に驚かされてしまった。正直、この主持人と「風中緋櫻-霧社事件」に登場する馬紅役の彼女と重ねあわすことができなかった。

彼女のキャリアは歌手から始まる。今でもそれに変りはない。”鄒女”のアルバム”鄒女在唱歌”は自らが自立したことを証明した一つの回答だろう。”ツォウ族の女性”と名を打ったように集団での自立も見据えている。それはおのずと台湾原住民族の自力更生へ繋がっていくに違いない。私が見る高慧君は台湾原住民族の未来を探る一人の女性である。彼女の祖父、高一生が望んで実現できなかった「自立」と「自治」を実現するためなのか。もしかしたら、近いうちに、高慧君は部族名のPaicʉ Yatauyunganaを名乗る、かもしれない...。
[追記] 彼女が名前を名乗るときは始めに漢名を、続いて族名を使っている。さらに原住民向けと思われるサイトでは族名をはじめに記していることがわかった。Paicʉ,對不起你。

一つ心配なことがある。彼女の健康状態である。今彼女は心臓に疾患があるという。”一跛_一跛_一跛”は彼女の憂鬱症を救った。こんどもそうあってほしい...


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