Tuesday, October 12, 2010

[台北] 今日の出来事 - 朝火事

外がやけにうるさい。いつまでも花火が打ち上げられているかのようだ。そして女性の緊迫した声が聞こえてきた。カーテンの向こう側が赤く染まっている。まだ空が開け切る前に起きた火事。それも私の部屋から百メートルも離れていない裏通りで。

出窓越しに見てみる。火の手は強くなり、赤い炎も勢いを増す。あたり一帯サイレンの音でいっぱいになる。下に降り、現場へ。すでに大勢の人たちが思い思いの服装で消火活動を見ていた。

火災もとのアパートに上がる階段から水が流れ出している。一人、おじいさん、そこへ入っていこうとしている。若い女性がしきりにおじいさんの袖を引っ張って止めようとしている。おじいさんが何かを口にした。女性が聞く、「何階?」 「四階だよ」。火の手の下の階だ。女性が返答すると、おじいさん、あきらめた様子でその場に立ち尽くしていた。

火元は立ちこんだ裏町の四階建ての長屋。その屋上階に増築された部屋。すでに隣家に延焼していた。放水車のノズルが四方からこの部屋に向けられていた。表通りはというと消防車の列。次から次へと増えていく。路上の消化栓に何本ものホースが突き刺さっていた。

しばらくして鎮火にむかう。戻ることにして家のある通りに出ると路上は煙でもやっていた。負傷者のでなかったことを願って部屋に戻るも気持ちが落ち着かない。そこで朝一番のブログ更新となった次第だ。

Saturday, October 9, 2010

[台北] 時が刻んだもの 時とともに消えたもの

TPadで送られてきた電子書籍を読む

・久しぶりに厦門の姐姐からショートメールが届いた。「ジジイ 身体の調子どうなのよ」 「老頭子、最近身体好嗎(口+馬)?」 [lǎotóuzǐ、zuìjìn shēntǐ hǎo ma?] [ㄌㄠˇ ㄊㄡˊ ㄗˇ、ㄗㄨㄟˋ ㄐㄧㄣˋ ㄕㄣㄊㄧˇ ㄏㄠˇ ㄇㄚ˙?] 。彼女流の心のこもった問いである。
日本の老友からも同様なメールをいただいている。ブログ更新なし、メールの返事なし、心配していただいている。時を経ても何らかの形で繋がっていることに、感謝したい。

・かつてのMac仲間からメールが届いた。ご一緒にMac本を作成させていただいた方からだ。そのホンがPDFの電子書籍になって蘇っていた。「Machintosh Desktop Architecture Guide - Macで建築を考える」の電子版。紙の印刷物からデジタルデーターに。1992年出版だからまだ二十年たっていない。なにか大昔のような気がしていたのですが。お疲れ様でしたiGaさん、感謝です。
このとき書いた「アイデアプロセッサとしてのMac」という考え方はいまだ変わっていないですね。もちろん「Mac」を「PC」に「スマートフォン」に「タブレット」に置き換えてもいいんですけど。

・F1日本グランプリが鈴鹿で始まった。1994年の春先英田を、そして秋に鈴鹿を訪れた。しかし春に目にした一人の男が秋には姿を消していた。アイルトン・セナの死。

・フェルナンド・アロンソ(F1ドライバー)「昨日の夜遅くに鈴鹿に到着して、すぐに衝撃を受けた。多くのF1の人間に人気がある伝統的なイタリア料理店の“カンパネッラ”がなくなっていた。90年代にカートのレースで初めて鈴鹿に来たときからそこに行っていたので残念だよ。今と同じホテルだったし、このサーキットのたくさんの良い思い出がまさにその最初の経験と結びついている」 http://goo.gl/2Eim

・むかし、小田急デパート地下から千疋屋が消え、代わりにおいしいケーキ屋がはいってきた。クリスマスが近づくと千疋屋にかわってこの店でケーキを買い、事務所のスタッフと口にしていた。翌年も同様にその店で購入して戻った。ところがスタッフいわく、「最近この店はやらないんですよ、今は○○のケーキが一番ですよ」。私に流行廃りは縁がない、おいしいかどうかなのだ。これでは店は育たない。老舗とは店と客が一緒に作り上げてきたものでしょうに。

Thursday, October 7, 2010

[台北] 今日のニュース - ユニクロ開店

今日、ユニクロが台湾でお店を開いた日でした。

[厦門] 港が......見えなくなっていた

今年の七月末、馴染みのサービスアパートメントのいつもの部屋にチェックインした。カーテンを引き外をのぞいてみた。東渡国際埠頭の屋根は煌々と輝いていたものの、見えたのはそのホンの一部に過ぎなかった。

この辺りの風景は訪れるごとに変化している。国際埠頭一帯は総合開発の最中である。はじめにフェリー、続いてマンション群、そして今はホテルとオフィス群の建設が進められている。
始めてこのアパートを利用したのが二年ほど前だろうか、港に面した部屋からは向こう岸の、それも建設最中のマンション群が見えるだけだった。それがどうだろう、港の風景は建物の隙間にしか存在しない。いまだ厦門は開発真っ只中なのだ。

定宿をサービスアパートメントと呼んでいるが、日本流にはウィークリーマンション。1DK。おそらく投資用に購入した家主、これをマネージメント会社が借り受けてホテル代わりに貸し出している。部屋はマンションのあちこちに点在している。必要最低限な調度品備わっていて、ネットに接続もできるし、やる気になれば食事も作れる。実際長期滞在中に作ったこともある。

特に私が気に入っているのは洗濯機のあること。何しろ洗濯が面倒くさい。一般のホテルでの下着類の洗濯を入浴と一緒にシコシコと洗うのががいやでしょうがない。だから選んだのだ。服務員も最少の人数、その分割安だ。価格は年毎に値上げされているものの、一晩120元台から140元台、日本円で1600円台から2000円。それでいてこぎれいな超高層マンションの一室であり、そして安全である。これは私のような外国人にとっては重要だ。なおかつ超高層マンションには必ずといっていいほど1階に便利店、小さなコンビニのあること。下にいけばほとんど用が足せる。

このマンションにはあと一つ部屋をマネージメントしているところがある。初めて利用しようとしたところ、間違ってこちらに入ってしまった。話が違ってネット接続ができない、部屋は小さい。予約してくれた友人に問い合わせたところ、違う違うあの階のあの部屋でチェックインしてくれという。すでに支払いを(ここでは必ず前払い)済ませている。もう戻ってこないよ、そのお金。いわれて交渉した。取り戻しましたね。珍しいですよ、と元来のホテルの人。間違いの元をつくったオバサン、今回も顔を合わせて「商売どう?」、「アンタいないからだめだよー」。恒例の挨拶になっている。

しかし今月の厦門訪問ではここを利用しない。もと租界の島、コロンス島を滞在地に選ぶ予定だ。

Tuesday, October 5, 2010

[新竹・新鋪] 客家語が話せない客家の子供たち

ラジオから流れてきた会話。最近の客家の子供のなかには客家語が話せない子が増えている。地方自冶体がそんな子供たち相手に会話教室を開こうとしているという話。十年ほど前でしょうか、同じような話を聞いたことがあります。ただしそのときは台湾語が話せない最近の子供たち、というものでした。

言語にまつわる話は以前も何度か取り上げたことがあります。結論はいつも「電脳にのらない言語は消え去るのみ」というものでした。台湾語も客家後もしゃべり言葉、口語。少数民族にとってこの結論は深刻ですよね。言語は文化です。言語が消えればそれに伴ってつくられてきた文化も消えてしまいます。

KTVあたりで歌を唄おうとする。台湾語の歌には当て字のような難しい漢字がられています。台湾人の方はこれで歌が唄える、問題なさそうです。ではそのかたがたは台湾語を文章に書き換えられるのでしょか?まだお聞きしたことはありません。どうなんでしょう。客家の歌も同様な気がします。
*マンションの管理人さん、生粋の台湾人です。この件聞いてみました。読むことはできても書くことはちょっと......。その脇を住民のオネーサン、彼女いわく、書ける人はもうかなりのお年寄りだけではないですか、とのこと。

こちらのラジオやCATVには台湾語同様客家語のチャンネルがあります。客家のラジオでは客家語の会話の時間なんていうのももあります。この方、女性、国語(標準語)と台湾語と客家を織り交ぜて番組を進めている。話が面白そうで聞き入ったこともありますが学習できるまでにはいたっていません。では客家人はどのように会話をしているのでしょうか。

私の隣人は客家人です。苗栗の方です。でも客家語で話しているのをほとんど聞いたことがありません。周りの人が台湾人ですと標準語か台湾語です。子供たちと話をする時ですら標準語です。竹東の知人は客家人です。竹東という客家人が多く住む土地に住むだけあって、同じ客家人同士では客家語を話していました。複雑ですね。それを複雑に感じずに暮らしている台湾のかたがたはすごいの一言です。

私は少数言語が少数民族同様残っていってほしいと思っています。言語は文化です。多様性ある文化がこの世の中に存在できる環境であってほしいと願っています。客家語の歌で大ヒットを飛ばすような歌手が出てきたり、映画が作られたりすると子供たちが客家語を話すきっかけになったりするのでしょうか。

*写真は日本時代の家屋を改装した客家料理の老舗”桂花園人文餐廳舘”。臺灣新竹縣新鋪鎮中正路405號にあります。当時の家具調度品、しつらえがそのまま保存されています。電話は+886-3-588-2005。

Sunday, October 3, 2010

[台北] 屋台に並ぶ野菜を見ながら中国語の学習

中国語のものの数え方、一応学んだと思っていたのですが不十分でした。自由市場に並ぶ屋台の表示の千差万別さを見ていて、アー数え方にもいろいろあったんだなーと、ケータイを取り出しメモってしまいました。

土曜の昼飯は素食屋に出かけます。その足で自由市場に向かい賑わいの中に入る。いつもはただそれを楽しんでいただけでしたが、昨日は値付けを見てみるかと表示札に目をやりました。ところが、野菜にはいろいろな種類がありますし、小さいもの大きいもの長いもの束ねたもの山積みされたもの、おのおの単位が違っている。当たり前なんですが今まであまり気にしないで見過ごしてきました。スーパーと違って、ここでは小分けされて売っているからなんでしょうね。

街中では値段の表示はあってもその単位が表示されている例はあまり見受けられません。値段はだいたいが1斤あたりいくらということになります。私は果物を買うさい、お店の人に「この梨1斤だいたい何個?」って聞いてから「じゃいくつください」といいます。この「何個?」という単位は正確ではないんですね。通用しますがほんとうは「何粒?」が正しい。

大根を売っていました。葉を落とし、先っぽも切り落としたすぐに調理できるようになっています。単位は「条」なんですね。ねぎは「一条」。韮は束ねて「一把」、山東の栗子は「1支」。

メモったものを並べてみると、

・一推 [yī tuī ] [ㄧ ㄊㄨㄟ]=ひと山: かごに盛り付け
・一斤 [yī jīn] [ㄧ ㄐㄧㄣ]=一斤: 量り売りです
・一個 [yī ge] [ㄧ ㄍㄜ˙]=ひとつ: 汎用で使ってます
・一粒 [yī lì] [ㄧ ㄌㄧˋ]=ひとつ: これが一番多く使われるのかな
・一支 [yī zhī] [ㄧ ㄓ]=ひとつ: 栗はこの単位でしたが......
・一包 [yī bāo] [ㄧ ㄅㄠ]=ひと包: ネットの袋に詰め込まれて
・一把 [yī bǎ] [ㄧ ㄅㄚˇ]=ひと束: 束ね売り
・一条 [yī tiáo] [ㄧ ㄊㄧㄠˊ]=一本: 長もの野菜
・一盆 [yī pén] [ㄧ ㄆㄣˊ]=ひと皿: 皿盛りいくら

「斤」だけが秤り売り、それ以外は数売りでした。斤には公斤(kg)と市斤があり、1公斤=2市斤になります。500gが1斤ですね。大陸では一般的に体重の単位に使っています。「わたし100斤よ」と聞かされ、はじめはギョッとしたりしました。

家に戻って辞書を引いてみますがどうもおかしい。いくつかが見当たらない。たとえば「推」、そんな単位はありません。もしかしたら、ここは台湾、日本時代に使われていた日本語が残っているのかもしれません。「ひと山」 「ひと盛り」 「一皿」 、これ単位とはいわないですよね。状態を表している。でも理解できる。そう勝手に判断しました。

路上の中国語教室、自習の時間。自習ですので正確さは問わないでください。あしからず......

*写真は魚屋さんの店先風景。

Friday, October 1, 2010

[台北] ちょっとした出来事、気になったこと、目にしたことなどなど......

十月に入りましたね。今日はちょっとしたことをいくつか......。

・先週厦門の元秘書から電話が入りました。何事かと思いきや暇に任せての国際電話でした。大陸では十月一日は国慶節、前後ほぼ一週間ほど休暇になります。「オー国慶節だなー、どうするんだ?」、「里に帰りますよー」。国中が春節に次ぐ大移動ですね。一部の報道では、尖閣問題で日本旅行が足止めされそうだったかたがたも、一瞬かもしれませんが緩和されるとのこと、憧れの海外旅行を楽しめそうですね。

・国慶節を前に北京から知人がおいでになりました。知人といってもまだ拝顔したことはありません。台湾の方が私を引き込んだ顧問会社の総経理です。圓山ホテルに滞在、出かけてきました。市内の高級ホテルはみなどこも似たり寄ったり、ここ圓山ホテルはちょっと北京飯店の趣があるので選んだと話してくれました。食事は台北最大の屋台街がある士林の夜市へ。台湾料理を楽しまれておいででした。それにしても口うるさい方だったなー。ニコンの最上級デジカメを手に、アングルを決めるのに注文が多すぎました。

・いつものように素食屋へ。店内の雰囲気がちょっと違います。オバサングループが席を占めていました。おおよそ七八名、着ているものが違う、話し言葉が違う。驚いたことに日本の方々でした。店の主人、そこそこ日本語が話せます。一人の方を捕まえて会話。どこでこの店のこと知りましたか、の返事は「本で」。日本のガイドブックはすごいですね、巷のちょっとした店まで紹介しているようです。自分で探し出す旅の楽しみを奪っているような気もしますが......。

・中国語の発音表記、ここ台湾では注音符号を使っています。私はかつて国語日報の言語中心に半年ほど通いました。ここは正しい中国語の発音を学んでもらおうという趣旨の低学年用新聞を発行していた新聞社です。困ったことは発音記号。日本にいたときに少しかじったピン音ではなく、片仮名・平仮名に似た注音符号をもちいます。何とか読み書きできるまでになりましたが、今ではほとんど忘れてしまいました。発音記号を注音でどう表記したっけ、しばしば悩みます。

日本のサイトを探ったところ、ありました。とても便利なソフトです。中国語をピン音で表記させ、それを声調(四声と呼ばれています)に変換もできますし、注音符号にも変換してくれるのです。繁体字を簡体字に、その逆も可能です。作成したのは翻訳家の方。感謝です。

”中国語のテキストをピンインや日本で使われる漢字に変換できる「Pinconv」”
http://www.karak.jp/articles/software/pinconv-4-00.html

・遅まきながら台湾映画、「最好的時光」 [zuì hǎo de shí guāng] [ㄗㄨㄟˋㄏㄠˇ ㄉㄜ˙ ㄕˊ ㄍㄨㄤ] を観ました。主演女優のスー・チー 舒琪 [shū qí] [ㄕㄨ ㄑㄧˊ] 、あらためて気に入りました。特に1911年中華民国建国の年の出来事、二号さんを演じる彼女が好きでした。語らず、騒がず、静かに三弦を奏で、日本語の新聞を読む姿がいい。時代が動いているのに自分の将来はこのままでいいんですか?と語る彼女がいい。

彼女、女性であることを最大限使いながら国際舞台に登場するまでになったんですね。グラビア、イメージビデオ、AV片、ランジェリーショー、なんでもやってきた。みんな演技の糧になっている。

*写真は士林の夜市。中国からの旅行者が必ず訪れるという名所になっている。