080812 Blogger Template ----------------------------------------- A Cup of Asian-Tea

Wednesday, March 18

[台北] 書き換えられたローマ字表記 II


(昨日の続き)・・・道路表記板。よく見ると"Sec.,2, ZhongXiao E, Rd."の部分はあとから貼り付けられているのが分かる。外国人に理解できるようにとの意図から変更されたと聞いている。しかしそれだけの理由? (-> English)

Tuesday, March 17

[台北] 書き換えられたローマ字表記


台北の電脳街、光華商場に出かけた。そのとき目にした小学校の名前の表示が漢語ピンイン表記に書き換えられていた。以前は外国人に発音不能なトーマス・ウェード式ローマ字表記だったものが、中国大陸で一般的に使われている漢語ピンイン表記に変わっていた。

どこが違うのかというと発音表記の綴りが違う。例えば”台北”はトーマス・ウェード式ローマ字表記なら”tai pei”、ピンイン表記では” tai bei”。では発音はというと両方とも”タイベイ”。習い親しんだローマ字の発音に近い。街中の道路名も然り,少しづつ少しづつ大陸方式に近づいている。

Monday, March 16

[台北] 生態公園でリスと遊ぶ少女


昼食時、素食店の弁当を手に近くの公園に向かった。ここ栄星公園にある生態池の周りには、リスをはじめいろいろな小鳥・鯉・フナ・亀そして小さな中州に鷺のつがいと小動物の天国だ。

Tuesday, February 10

[廈門] 湖畔の昼食


明日は台湾に戻る。仕事が待っている。やり残したことを終えなければならない。

午前中は忙しい。まず銀行に出向き日本円を香港ドルに変えようとした。予想通り全額換金はできなかった。窓口の男性は日本円を香港ドルへの換金額の上限を伝えてきた。予定の額を得るには人民元で、もしくは米ドルでという。仕方ない、日本円でできるだけ換金し、残りを人民元に切り替えた。何故香港ドルが必要になったのか、そう、こちらに来る際香港の空港で「至福の携帯電話」を目にしたからだ。さあ明日の香港が楽しみになった。

最後に整髪をしたのは三ヶ月前、台湾に向かうために身支度をしたとき。始めて厦門に来た際、同僚とフラット入った店でアタシの髪を扱った31号、以来ずっと彼が髪を整髪してくれている。銀行を出て電話を入れるとすぐ来いという。湖浜北路の、銀行から歩いてほんの5分ほど、店はシャッターを開けたばかり、さっささっさと手際よく伸びきった髪を切り落としてくれた。彼の手さばきは一番だ。それゆえ、今では店を任されている。三ヶ月後また来るからね、といって店を出た。

昼食の時間が迫っている。今日は厦門の姐姐と湖畔でランチをとることにしている。空港で出迎えてくれたのみで、その後今日まで一度も顔を合わせていない。空いている時間は今日の昼休みしかない。ケンタッキーのカウンターから彼女に電話をし注文をとらせ、湖畔まで急ぎ足で向かった。

三ヶ月ぶりに日の下で見る彼女は少し太っていた。とりとめもない話をしているうちに昼休みの終わりが近づく。今度会えるのは三ヶ月後か、それとも半年後か。これからは美容師の31号同様三ヶ月という時間がひとつのサイクルになりそうだ。

[ today's photos ] 湖畔は遊歩道になっている。よく手が入れられていていつ来ても気持ちがいい。アタシがこちらに来てからずっと晴天が続いていて日陰は一寸涼しいぐらいだ。中州の光景が目に入る。今晩は元宵節、灯りのパレードが催される。真っ赤な飾り付けがなされていた。

Monday, February 9

[廈門] 明るい!すべてが明るい!


台湾での滞在許可時間が迫ってきた。ひとまず国を出なければならない。身支度を整え出かけた。

香港を経由して三か月ぶりの廈門だ。台北と違い、澄んだ空と乾燥した空気、湖浜北路を行き交う人々の表情も、澄んだ空気同様明るい。女性たちの衣服も彩度の高い色合いだ。厦門の、目にするすべてが明るかった。

多くの人たちが言う、中国は空気が悪い。他の地は知らないが厦門は空気が美味しい。海に囲まれ、化学工場は厦門本島になく、バイクはみな電動、大型トラックの乗り入れ時間、ルートが制限されている。100万以上の人が住む小さな島は生活する場として手ごろなのだ。

昨日は一日元同僚たちと過ごした。会社は外国人、台湾人たちの賃金の30%カットを始めたらしい。高給取りの人間を少なくするようにと影のボスの一言である。開発部門のプロジェクトはどれも動かないままでいるという。ウェルネス・センターの総経理の医者は嫌気をさしてこの二月で去っていく。董事長で女医の姐姐は、総経理に去られるといって口を尖らせていた。昨年六十歳を迎えた不動産部の男は定年制をしかれた今、いつ肩を叩かれるかびくびくしていた。麗江の若造は会話の際中にもあちこち電話をかけまくっていた。明日は明日でどうにかなるさ、幸せものである。

この二日間、馴染みの食い物屋を一通り回ってみた。そして気がついた。味が濃いのだ。塩辛い、油っぽい。元の会社で昼飯にピータンのお粥を注文した。塩辛い。夜は街中に小さいが味にうるさいという店にいき、みなでアヒルの燻製を食した。悪くない。なかなかの味だ。しかし口の中がやけに油っぽい。仕方ない、みなで馴染みの珈琲店で口直しとした。先ほどは、三ヶ月前まで愛用した日本食の店に顔を出した。やはり塩辛く味がきつかった。

わずか三ヶ月の台北生活、日本の食に近い味付けを口にしてきた。台湾はすでにみな薄味に変わっていたのだ。二年半、厦門での生活に慣れきっていた私には心地よい味付けだったが、三ヶ月を経て戻ってみるときつい味だったことを知らされた。慣れとは面白いものだ。

[ today's photos ] 会食後にJavaromasで珈琲を口にする。ドクターは小物に五月蝿い。雑談中に愛用のソニエリでアタシを撮影している。ドクターは台湾に戻るとiPhoneを手にしているが、ここではソニエリで十分だと嘯く。

Sunday, February 1

[台北] Is-real "最もクールなファッション・アイテム"


今日で正月休みは終わり、明日から仕事が始まります。昨夜、食事に街にでてみると、多くの店に灯りが入っていました。みな遊びから、故郷から戻ったのでしょう。人の出も多く賑やかさが戻ってきていました。

一寸古いニュースですが、lady.163.com (網易女人) という中国のポータルサイトの独占記事から。このサイト、常日頃覗いているわけではありません。このサイトの親サイトに私の中国での無料メールアドレスがあります。そこでニュースをポチしたところ目にしました。

最もクールなアイテム、イスラエル女性外出時の携帯必需品」というタイトル。そこに掲載されている写真は、イスラエルの若者たちが外出する際、警備に当たる仲間たちの姿です。仲間たちは肩から軽機関銃M16、そうゴルゴ13愛用のマシンガンを掛けています。イスラエルは皆兵性、男性も女性も兵役義務があり、その後はみな民兵として非常時に備えています。周辺国からの絶え間ない圧力に耐えていくための仕組みにほかありません。Is-real、これが現実です。

記事は、ITbagを抱え、1200US$の香水で化粧し、それでも最もクールな携帯必需品がM16だと書いています。記事は決して興味本位で書かれているわけではありません。記者が誰なのか、どこの国の人なのか分かりません。しかし、この記事のタイトルを見て中国は平和な国になったんだと感じました。記事には私たちは平和を愛し、鉄血主義者でもなければ暴力を美化するものでもないと。この国の余裕を私は読み取りました。

国境問題、異民族問題、内政問題、多くの問題を抱えているとはいえ、しかし世界の紛争地と比べてみれば深刻さは軽微に思えます。私の感想は楽観的で偏りすぎているでしょうか。

かつて東アジア世紀末研究会と称し、アジア各地を旅して回ったことがあります。一昨日、ベトナムと北朝鮮の旅の手配をしてくれた旅行会社の方からメールが届きました。イスラエルに書道家の方々を連れて現地の方々と交流会を催してきたと。ロケット弾は見なかったけれどとの一文も添えて。もうひとつのイスラエル。

[ today's photos ] The most coolest item when Israeli girl goes out. In Israel, this item is cooler than IT bag and an expensive perfume. It's M16 subumachine gun.

Thursday, January 29

[台北] 温泉と新幹線と


初二、正月二日。こちらの大哥(大兄)が正月の温泉に招待してくれました。台北郊外の山間にはたくさんの温泉があります。日本が占領したときには、北投というところに将校用の迎賓館を作ったりしていますし、終戦後には飲んで歌って温泉つかってお遊びして、という一大歓楽街にまで発展しています。遊び方が変わってからは徐々に廃れ、その最後のころ、定宿の女将が私たちを招待してくれたことを覚えています。もう三十年近く前のことです。遊び慣れない私には戸惑うことばかりでした。

この日は北投ではなく、その少し手前の石碑。都心からMRTに乗ってほんの二十分、そこからバスで十分、山間に何件もの温泉がありました。日式温泉と書かれています。露天と個室の温泉、私たちは露天の大風呂に浸かります。硫黄泉です。肌がつるつるになりました。あちこち皮膚がむずかります。身体の中に毒素でも残っているのでしょうか。

山の上のほうとあって、遠くに台北市内にそびえる101という超高層ビルが正面に見えました。一人200元、日本円で5~600円。ついでに中のレストランで昼食をとります。朝十時に待ち合わせ、昼二時過ぎには家に戻りました。気軽で簡単な時間の過ごし方です。

初三、正月三日。温泉疲れからか九時過ぎまで寝てしまいました。起きて用足しを済ますと電話が。新竹という台北の西に位置する都市に中国から里帰りしていた知人からです。すぐに来い、新幹線に乗れば昼前には新竹に着く、そこから車で上さんの実家に行こう。田舎の新年会だ。

あわてて歯を磨き、食事もとらずに飛び出しました。台北駅の新幹線の自動切符売り場で、訳が分からずあちこちのボタンを押していたところ、親切なおじさんが丁寧に順序だって教えてくれました。一汗かいて切符を購入できました。新竹まで32分、290元、日本円で約800円程度。乗り心地はまさに日本の新幹線、早い早い、瞬く間に目的地まで。そこには知人が出迎えてくれていました。

高速を経て海岸べりのフリーウェイ、そして苗栗という町に入ります。知人は田舎だ田舎だというので自然溢れる光景を期待していたのですが、何のことはない、普通の街中です。しかしさすが田舎、新年会はどこかの事務所の二階、そこに11卓の親類縁者およそ百人近い大宴会。田舎の方々ですから酒をしきりに進められました。その上珍しい日本人です、家内のお父さんだ、家内の兄貴だ、お父さんの弟だ、何がなんだか分からないうちに酩酊してしまいました。

場所を移して今度は知人の上さんの実家で食事です。私は腹にものを詰め込むと吐き出しそうでしたので、ひたすらお茶を飲み続けました。知人の進めもあって二人は早めに席を立ちます。また車で一時間ほど、新竹の新幹線駅に。何とか台北まで戻ることができました。知人の招待には感謝ですが、もう年です、お酒はそこそこにしておかないといけませんね。

[ today's photos ] 左側が露天風呂からの眺め。鉄骨と木造を組み合わせた面白いつくりでした。右は新幹線切符。これが領収書代わりになります。正月休みは自由席なし、みな指定席。ゆっくりできました。日本のように指定席を購入しても自由席代わりに使わせるやり方は大嫌いです。

Monday, January 26

[台北] 冬の花火


新年快楽!今日は農暦の旧正月。除夕(大晦日)には家族そろって食事をゆっくりと取る、それが台湾での大晦日の過ごし方だそうです。昨晩、幸運にも私はお呼ばれされました。厦門から戻ったクリニックセンターの理事長さんのお宅で、久しぶりに美味しく、そしてゆったりと、それも女性陣に囲まれて食してきました。薄味の、油の少ない、街中の料理屋さんでもなかなか味わえない味でした。とりとめもないおしゃべりをし、NHKの番組を見、夜遅く帰路に着きました。ところがMRTは十時前だというのに動いていません。仕方がない、タクシーで帰宅です。

自宅近くの商店街はすでに真っ暗、しかし小さな光の輪がたくさん動いています。子供たちが花火を手に回しているのです。年越しの花火、薄暗闇の中、光の輪はとても和やかです。線香花火ではありませんが、それと似てパチパチパチパチ音を立てて瞬いています。自分の子供のころを思い出してしまいました。都心とはいえ、当時の東京は暗闇だらけ、蒸し暑い夏を家中の扉を開け放し、縁先で、店の前で、路地裏で線香花火を炊いたことを。

年越しの時間が近づくとともに、外が賑やかになってきました。大きな音、小さな音、遠い音、近くの音、みながみな、色とりどりの花火を打ち上げているのでしょう。クリスマスイブや新暦の新年の時にはこれほど華やかなことはありませんでした。昔でしたら爆竹が辺り一面でしたが、死者も毎年出たことで今では禁じられています。台湾の農暦の正月はやはり格別です。

ここ台北の花火は西暦新年のカウントダウンが有名です。三百メートルの高さの超高層ビルが花火で姿を変える様は見事だと聞きましたが、見にはいきませんでした。花火は夏の風物詩、小さいころから夏の花火を見て育ってきました。ところが最近は大きなイベントには欠かせないのが花火。花火は俳句の季語から消えてしまったのでしょうか。

[ today's photos ] 大晦日の大通りの一角、正月飾りを売る店だけが華やか。あと数時間で年越しです。客の姿はありません。それにしても賑やかな飾り物です。長年台湾を行き来していますが、この賑やかさだけはいまだに馴染むことができません。

Thursday, January 22

[台北] 対聯


来週の月曜日、26日は農暦の正月、春節です。ところがここ台北の町なかは春節を迎える感がありません。店先を飾り物で賑う風景がありません。人はみな言います。不景気のせいだ、と。新聞では期待をこめた話は何もありません。むしろ明日はわが身という話題でいっぱいです。さびしい時勢なのです。

大陸では春節の里帰りの話題でいっぱいのようです。それも仕事がなくなったので早めに老郷(故郷)に戻るということだそうです。昨年までは、外国人の私の家も正月飾りでいっぱいになっていました。隣近所の玄関扉には「対聯」 [duìlián] という対句が張り出されていたものでした。

大陸の新聞から。今年卒業する女子大生の書いた対聯の記事がありました。大学の宿舎の自分の部屋の扉に張り出したもののようです。面白かったので紹介します。対聯はこの写真のように扉の左右に張るのが普通です。

右側(上聯)に
「找工作找好工作」 (仕事を探そう、いい仕事を探そー)
左側(下聯)は
「找老公找好老公」 (結婚相手を探そう、いい結婚相手をさがそー)
そして極め付けが扉の上部(横批)に
「哦耶」 [ɔyē] 掛け声のようです。英語でしたら "Yippee!" でしょうか。

昨年の卒業生のうち約100万人の学生がまだ就職できていないといいます。今年の新卒がおおよそ670万人、すごいですねこの数は。不景気、就職難、いい結婚相手がいない。悲痛な叫びがこの対聯に表れていました。しかしそれにしてもこの字は巧いですね。自分で書いたのか、それとも誰かに代筆してもらったのか。中国語圏では字が上手いか下手かはその人を値踏みする代物でした。もちろん日本もそうでした。文化大革命で教育が停滞したからでしょうか、最近字の上手な人を見たことがありませんでしたから、この対聯に書かれた字を見ていたく感動してしまいました。

(追記:090126)"サーチナ"によると数字は以下のとおり。 「・・・統計によると、2009年の大卒予定者は611万人で、2008年より9.3%増える見込みである。しかし、2008年に卒業した560万人の大学生のうち、150万人はまだ就職できていないということである。」

[ today's photos ] 对联 [duìlián] is Chinese New Year's poetry, antithetical couplet (written on scrolls, etc.) . When you write a couplet, pay attention to antithetic parallelism and antithesis.
I saw a very funny antithetical couplet on Chinese net-news today. This antithetical couplet was written by a woman student who will graduate soon.
"找工作找好工作" Look for a job to finish looking for a job.
"找老公找好老公" Look for a husband to finish looking for a husband.
"哦耶" Yippee!
It's verry "KAWAYI!".

Monday, January 19

[台北] 春節前の路地裏風景


あと一週間ほどで旧正月、農暦の春節がはじまります。厦門にいたときは、旧正月は飴と飾り物で家の中がにぎやかになります。元秘書は、子豚の飾り物を部屋の壁という壁に張りまくって帰省していきました。私はこの飾り物が大嫌い、小正月を迎える前に剥がしては元秘書の厳しい眼差しを受けていました。

この週末、私の住む裏町長屋は朝から賑やかな音が聞こえてきます。奥行きの狭い、不法に継ぎ足したバルコニーを行き来しながら、網戸をはずしては路地裏まで運び出しています。網戸の埃を洗い流すためです。ガラスについた塵を拭き取る光景も見受けます。バルコニーにいる姿を見つけては道行くおばさんが声をかけます。台湾語で「チャパーべ?」「チャパー」、「食事した?」「したよー」と。このやり取りは台湾人独特。正月前の風景。私は知りませんが、東京の下町ってこんな感じなのかなと思ったりします。

先週末は、以前蘇州のプロジェクトを一緒にこなした建築家の事務所の忘年会に参加させていただきました。八人もスタッフを抱えています。この不景気、どうですかとお聞きすると、役所の仕事がほとんどなので影響は少ないですよ、と話してくれました。困ったときのお役所ですね。

スカイプを立ち上げていたら、麗江の若造からチャットをせがんできました。彼も春節には家族水入らずで過ごすようです。紡績部門の幹部の方、それにお医者たちも戻ってきます。今は青島でパルプ工場の工事を見ているかつてのKTV仲間も戻ってきます。国外で働く台湾の人たちはみな、この時期だけは国に戻ります。戻らないのは私と元ボスと元々ボスと影のボスぐらいでしょうか。人さまざまな知らせが届きました。

[ today's photos ] 路地を抜けると小さな公園がある。その脇に小さな廟。仕事帰りにこの脇のスーパーに出かけると、若い人からお年寄りまで、神様へお供えを添え、拝み、そして添えた金色の紙幣を手前の専用焼却炉にくべていく。厦門も同じミン南の民俗を持ち合わせているが、廟自体が今では少ないからか、そんな光景は見受けられなかった。しかし商売人の多い町だけに、月に二度、店先にお供えを添え、金紙の紙幣を燃やしていた。