Saturday, March 16, 2013

Weekly fotolog 東アジアは停看聴 / 20130307 - 20130316 裏町


March 07, 2013
Taipei: Sun rises in the skyline of Linsen North Road
台北: 摩天楼から陽は昇る…
朝出かけ際に窓の外を覗くと建設中のマンション頂部から太陽が覗こうとしていた。間もなく彼岸である。これからは春秋と彼岸になるとこの建物から陽が登ることになる。
昨年もここに住んでいた。マンションの建設は始まったばかりで、姿かたちもなかった。いやそれ以前に低い建物、用途に覚えはないが、あたりの町並みとそろって立っていたような気がする。林森北路より道幅のある一本隣の中山北路で、古びた建物の建て替えがおこなわれていても四十五メートル止まりだ。
友人の建築家に、中山北路より狭い道幅の林森北路で、八十メートル高の建物建設は許されるのかと問うと、壁面後退、道路より壁面を後退させて仮想道路巾を広げ、それによって可能なのではと答えた。彼もこの場所より南、実現はしなかったものの、より繁華街に近い場所で計画を練っていたことがある。
私の部屋からは種々雑多な高さの建物が眺められる。大通りに囲まれ、街区の中心、ヘソ辺りの四階建てに始まり、外端に向かって、五階、八階、十二階、十四階と、まるですり鉢の様を呈している。さらに二十三階が加われば…今のところ、南に面し、陽もあたるし、風通しもよく、眺めもいい。文句はない。そして暗闇の残る、下町情緒ある一角が近場で活きつづけてくれればそれでいいのです。
*ちなみに私の部屋は八階、高さおよそ二十五メートル 写真中央下部あたりに薄い灰色で101ビルが写っている

Taipei: Sun rises in the skyline of Linsen North Road
台北: 摩天楼から陽は昇る
朝出かけ際に窓の外を覗くと建設中のマンション頂部から太陽が覗こうとしていた。間もなく彼岸である。これからは春秋と彼岸になるとこの建物から陽が登ることになる。
昨年もここに住んでいた。マンションの建設は始まったばかりで、姿かたちもなかった。いやそれ以前に低い建物、用途に覚えはないが、あたりの町並みとそろって立っていたような気がする。林森北路より道幅のある一本隣の中山北路で、古びた建物の建て替えがおこなわれていても四十五メートル止まりだ。
友人の建築家に、中山北路より狭い道幅の林森北路で、八十メートル高の建物建設は許されるのかと問うと、壁面後退、道路より壁面を後退させて仮想道路巾を広げ、それによって可能なのではと答えた。彼もこの場所より南、実現はしなかったものの、より繁華街に近い場所で計画を練っていたことがある。
私の部屋からは種々雑多な高さの建物が眺められる。大通りに囲まれ、街区の中心、ヘソ辺りの四階建てに始まり、外端に向かって、五階、八階、十二階、十四階と、まるですり鉢の様を呈している。さらに二十三階が加われば…今のところ、南に面し、陽もあたるし、風通しもよく、眺めもいい。文句はない。そして暗闇の残る、下町情緒ある一角が近場で活きつづけてくれればそれでいいのです。
*ちなみに私の部屋は八階、高さおよそ二十五メートル 写真中央下部あたりに薄い灰色で101ビルが写っている


March 08, 2013
Taipei: a Distorted Mysterious Space in the Open-air Market.
台北:ある歪んだ不思議な空間
界隈にはまだまだ楽しみな場所が残されています。この写真は昨夜。青空市場の一角。どうやら陽が射している間は貸し出される空間らしい。いつもは衣料品が移動ハンガーに吊られて飾られている。雑多な市場の雑多な一風景。人と品物で写真のようにがランとしていない。暗闇に照明が鮮やかだったので写真に収めようとした。収めようとすると、アングルが決まらない。
一度ファインダーから目をそらしじっくりと眺めてみる。道路沿いに平行に張られたタイルは奥まで丁寧に続いている。一方左右に張られたタイルの端は斜めに終わっている。店は奥に行くにしたがって右側に振れている、歪んでいるのだ。それをさらに強調するように、店の奥中央の扉から店先に張られたビニールテープは、店先中央へと延びている。アングルをどこに決めるか一瞬戸惑ってしまった。是非建物の平面図を見てみたいものだ。
想像してみるに、店奥の扉は避難用扉なのかもしれない。この線が描く巾には避難に差し障るものを置いてはいけないというサインではないかと。では、奥の扉の先はどうなっているのか、興味は尽きない。
[追記・20130310] 昼下がりにじっくり眺めてきた。建物は公園通りに面する部分は平行なものの、左端から奥に向かって壁面は斜め内側に。右隣は建物の一部、隣の家なのだが、この境はわずかに斜め。ということで奇妙な空間になっているようだ。また、扉の向こう側は厨房らしい道具が見えていた。陽は差し込んでいない。無窓空間?

Taipei: a Distorted Mysterious Space in the Open-air Market.
台北:ある歪んだ不思議な空間
界隈にはまだまだ楽しみな場所が残されています。この写真は昨夜。青空市場の一角。どうやら陽が射している間は貸し出される空間らしい。いつもは衣料品が移動ハンガーに吊られて飾られている。雑多な市場の雑多な一風景。人と品物で写真のようにがランとしていない。暗闇に照明が鮮やかだったので写真に収めようとした。収めようとすると、アングルが決まらない。
一度ファインダーから目をそらしじっくりと眺めてみる。道路沿いに平行に張られたタイルは奥まで丁寧に続いている。一方左右に張られたタイルの端は斜めに終わっている。店は奥に行くにしたがって右側に振れている、歪んでいるのだ。それをさらに強調するように、店の奥中央の扉から店先に張られたビニールテープは、店先中央へと延びている。アングルをどこに決めるか一瞬戸惑ってしまった。是非建物の平面図を見てみたいものだ。
想像してみるに、店奥の扉は避難用扉なのかもしれない。この線が描く巾には避難に差し障るものを置いてはいけないというサインではないかと。では、奥の扉の先はどうなっているのか、興味は尽きない。
[追記・20130310] 昼下がりにじっくり眺めてきた。建物は公園通りに面する部分は平行なものの、左端から奥に向かって壁面は斜め内側に。右隣は建物の一部、隣の家なのだが、この境はわずかに斜め。ということで奇妙な空間になっているようだ。また、扉の向こう側は厨房らしい道具が見えていた。陽は差し込んでいない。無窓空間?


March 09, 2013
Taipei: a Back Alley
台北:豬肉饀餅 韮菜冬粉盒 一個三十元
午後七時過ぎの裏町、道幅四メートル足らずの裏通り。煌煌と店先を照らすランプが吊るされている。しかし店はすでにシャッターが下りている。道路にわずかながらはみだした鉄板焼のレンジが組み込まれた屋台がきれいに片付けられておいてあった。脇には調理台と棚も。盗人なぞ気にせず、このまま夜を越すのだろうか。看板には…
豬肉饀餅 
韮菜冬粉盒 
一個三十元
豚肉饅頭、表面をこんがりと焼いた饅頭。きっと肉汁が売り物だろう。もう一品は韮を細かく切り刻んで冬粉に混ぜ込み焼き上げるクレープ。どちらも三十元、日本円約百円。書いてある意味はそうだが、実物を見ていない。百円の価値ある食い物かどうか、昼間訪れてみることにした。
焼肉まんは十分大きく、韮のクレープの大きさは一尺はある。ソースをかけ、くるくると巻いて客に渡している。肉まんは旨そうだったが、肉汁を思うと私の腹は受け付けない。見るだけで退散してきた。

Taipei: a Back Alley
台北:豬肉饀餅 韮菜冬粉盒 一個三十元
午後七時過ぎの裏町、道幅四メートル足らずの裏通り。煌煌と店先を照らすランプが吊るされている。しかし店はすでにシャッターが下りている。道路にわずかながらはみだした鉄板焼のレンジが組み込まれた屋台がきれいに片付けられておいてあった。脇には調理台と棚も。盗人なぞ気にせず、このまま夜を越すのだろうか。看板には…
豬肉饀餅
韮菜冬粉盒
一個三十元
豚肉饅頭、表面をこんがりと焼いた饅頭。きっと肉汁が売り物だろう。もう一品は韮を細かく切り刻んで冬粉に混ぜ込み焼き上げるクレープ。どちらも三十元、日本円約百円。書いてある意味はそうだが、実物を見ていない。百円の価値ある食い物かどうか、昼間訪れてみることにした。
焼肉まんは十分大きく、韮のクレープの大きさは一尺はある。ソースをかけ、くるくると巻いて客に渡している。肉まんは旨そうだったが、肉汁を思うと私の腹は受け付けない。見るだけで退散してきた。


March 16, 2013
 

Today’s open-air market: the Wenchang Palace open the entertainment, the market was during the interview in TV.
台北・今日の青空市場: 文昌宮は催し物 市場はTV取材
F1がオーストラリアで開幕した。TV番組表で放映時間を確認したところ、なんと今年から練習站・プラクティスが乗っかっているではないですか。大喜びで時間を待ってスィツチオン…???NACAR??違うでしょに!! 放映契約が上手くいかなかったようだ。
F1ないならと青空市場に。豆腐片、豆腐乾、黃瓜(胡瓜・キュウリ)それに芋頭を購入する。〆ていくらか、四十元+二十五元+五十元の百十五元、日本円で、このところの円安で計算すると約三百七十円。この食材はこれで一週間もつ。
いつものようにぶらぶらと屋台を覗いてから裏道へと入ってみる。文昌宮の裏庭にテントが、真っ赤なテントが張られ、信者の寄付を書き記した札が並べられていた。赤いろうそくとテント、この華やかさは小川未明とは裏腹ですね。廟の脇道にも赤いテント。その下にはお供え用でしょうか、それとも信者へのお供物でしょうか、料理が並べられておりました。どの料理も真っ赤に、赤いテントで真っ赤に染まっておりました。
さらにぶらぶら。ある裏通りでは衛視中文台・東森電視台推薦美食の吊り看板、ねぎ巻きクレープのお店を撮影中でした。台湾の伝統的おやつですが、ねぎがビリッと効いて結構いけるんです。
さて、戻ってF1予選だ、なんですがQ1,予選第1ステップで大雨、結局残りは明日に延期です。



Tuesday, March 5, 2013

Weekly fotolog 東アジアは停看聴 / 20130225 - 20130305 暗闇の残る台北

雙連駅脇公園通りの青空市場にガチョウの肉をその場で捌いて売っている店があった。いつも客が列を成している。今まで私が気がつかなかったのは、肉が並んでいたから、肉は避けているから。しかし鍋からガチョウが首をだらんと垂らしている様を見ておのずと気がついた次第だ。しかし私はガチョウは食わない、いや食えない。あの脂っこさは手に負えないのだ。油を抜く調理法もあるのだろうが、そうなるとガチョウの味わいはなくなってしまう。 
もう一つの話題は、台北の都心の下町に暗闇の残る一角を見たこと。ふと入り込んだ路地裏の風景、そして場違いな珈琲店。

February 25, 2013

” We are selling goose meats processed and cooked in here”

台北:「名心鵝肉店の商品はすべてその場で調理しております」

青空市場とのつきあいは長い。しかしいまだに新しい発見がある。停・看・聴いまだ終わらず。ここはいったいどういう界隈なのだ。

昨日のこと、元宵節の市場、いつも人が列をなしている肉屋がある。今や肉には縁のなくなったわたしである。ちょっと目をやってそのまま通り過ぎるのが慣わし、だったのだが、ふと目に入ったのが大鍋からだらりとろくろ首のように鍋の縁から顔を出している七匹のガチョウ。首もとを切られ、皮をはがされ、薄いピンク色の肌を露出させている。これはこれはと店の吊るし看板を見ると・・・

専業鵝肉店 「名心鵝肉」
茶鵝・塩水鵝(お茶の湯を加えて煮込んだガチョウと塩を加えて煮込んだお肉)
現宰現煮 (現場で屠殺、現場で煮込)

これは珍しい、写真に収め、一通り買い物をしたあと戻って見ると、すでに彼らの姿はなく、まな板の上で処理されてしまったようで、湯がいた鵝肉と表面をカラッと油でいためた鵝肉が店先に並んでおりました。



February 26, 2013
Taipei Story : 我有一天 - My Some Day

March 01, 2013

Taipei Story 2 : 中山北路 光りと闇と… (video : Feb. 28, 2013)
台北:元宵節、小正月が終わっても今なお中山北路のイルミネーションは続いている。
この調子だとずっとこのままかもしれない。確かに夜の華やかさは今までとは比べようもない。花博が開かれた時はささやかな飾りだけだったが、これならば恐らく観光の目玉になるだろう。
食事をとる時間はいつもこの道を歩いている。道行く人の中にもカメラを向けている姿がある。しかし私の腕では効果的な写真が撮れない。試しに携帯を片手に握って、歩きながら撮り続けてみた。ゆれゆれな画面が不思議な気分を醸し出していた。それではとアプリの助けを受けて効果を加えてみた。
サウンドは懐かしいフランス映画、トリュフォの「大人は判ってくれない」から。


March 04, 2013
Taipei : From the back side of the Wenchang Temple at night 
台北:夜の文昌宮を裏側から眺めると
素食屋で食事を終え、いつもなら青空市場の公園通りをとぼとぼと帰路に着くのだが、このところ、裏道に入り込む楽しみを覚えてしまった。台北下町のはずれ、越せば中山北路の手前の一角は雑踏とほど遠い。その割には小さな店が路地裏を埋め尽くしている。昼間訪れると雑然としている風景は、夜になると暗闇が支配してあれやこれやをかき消し、看板こそ出ていないが何々横丁の感がする。
四六時中参拝者の絶えない文昌宮も、裏側にまわってみるとひっそり、私にはこちらから拝んだほうがご利益があるのではと、余計な感情を抱いたりしてしまう。

Taipei : From the back side of the Wenchang Temple at night 
台北:夜の文昌宮を裏側から眺めると
素食屋で食事を終え、いつもなら青空市場の公園通りをとぼとぼと帰路に着くのだが、このところ、裏道に入り込む楽しみを覚えてしまった。台北下町のはずれ、越せば中山北路の手前の一角は雑踏とほど遠い。その割には小さな店が路地裏を埋め尽くしている。昼間訪れると雑然としている風景は、夜になると暗闇が支配してあれやこれやをかき消し、看板こそ出ていないが何々横丁の感がする。
四六時中参拝者の絶えない文昌宮も、裏側にまわってみるとひっそり、私にはこちらから拝んだほうがご利益があるのではと、余計な感情を抱いたりしてしまう。


March 05, 2013
Taipei : Coffee shop in the back alley 
台北:暗闇のなかの珈琲屋
昔、といっても日本がバブル景気で大騒ぎしていたころ、東アジア世紀末研究会と名うって仲間を集めては旅をしまくっていた。アジアで一人勝ちだった日本、他の周辺国は戦争の勝者であったにもかかわらず、敗戦国の発展ぶりを苦々しく眺めていたころだ。それらの国は街が薄暗かった。旅に参加したその中の一人、彫刻家の方がこう漏らした。「日本の都会は暗闇がなくなってしまったよなー」と。
八十年以降、台湾は高度成長期に入る。民主化が進み、あれほど「反攻大陸」と叫んでいたことが嘘のように消え去っていった。それとともに街は明るくなっていく。少ない街灯の下で、歩くと影が動いていく、そんな風景も見られなくなっていった、と思っていたが、未だ街中の、それも目抜き通りの裏に残されていた。
最近、週末ともなると地下鉄雙連駅脇の公園通りの青空市場で一軒一軒屋台の物売り屋を覗いている。ある昼下がり、ふと脇の路地裏に入り込んだところ、らしくない看板が目に付いた。「エスプレッソ」。場違いじゃろが…。間口三メートル足らず、店先に小さなテーブルが一つ、椅子が三脚。店の中は雑然とあれやこれやが並んでいて通り抜けるのがようやっと。奥は深くてうなぎの寝床状態。
珈琲豆と機械のの卸を兼ねてコーヒーを飲ませているらしい。「いらっしゃい、何を飲みますか?」とメニューを持ってくるも、私はネオン看板の「エスプレッソ」を指差し「量は?」と問う。店主「ダブルだけです」。注文する。エスプレッソ・マシンからの音が店内から聞こえてまもなく、小さなテーブルにソーサーも付かずにカップは運ばれてきた。味は?悪くない、いや旨い。
支払いの段になって、百元前後だろうと、日本円三百円ほど、と思いきや、「五十元です」。コンビニの大カップ五十元と同じである。私は時あらば訪れることにした。そしてベトナム・ネールサロンのネオンサインと暗闇の残る路地裏でエスプレッソを味わってきた。ベジタリアン・レストラン、菜食飯屋のあとのディナー・コーヒーを。


Taipei : Coffee shop in the back alley 
台北:暗闇のなかの珈琲屋
昔、といっても日本がバブル景気で大騒ぎしていたころ、東アジア世紀末研究会と名うって仲間を集めては旅をしまくっていた。アジアで一人勝ちだった日本、他の周辺国は戦争の勝者であったにもかかわらず、敗戦国の発展ぶりを苦々しく眺めていたころだ。それらの国は街が薄暗かった。旅に参加したその中の一人、彫刻家の方がこう漏らした。「日本の都会は暗闇がなくなってしまったよなー」と。
八十年以降、台湾は高度成長期に入る。民主化が進み、あれほど「反攻大陸」と叫んでいたことが嘘のように消え去っていった。それとともに街は明るくなっていく。少ない街灯の下で、歩くと影が動いていく、そんな風景も見られなくなっていった、と思っていたが、未だ街中の、それも目抜き通りの裏に残されていた。
最近、週末ともなると地下鉄雙連駅脇の公園通りの青空市場で一軒一軒屋台の物売り屋を覗いている。ある昼下がり、ふと脇の路地裏に入り込んだところ、らしくない看板が目に付いた。「エスプレッソ」。場違いじゃろが…。間口三メートル足らず、店先に小さなテーブルが一つ、椅子が三脚。店の中は雑然とあれやこれやが並んでいて通り抜けるのがようやっと。奥は深くてうなぎの寝床状態。
珈琲豆と機械のの卸を兼ねてコーヒーを飲ませているらしい。「いらっしゃい、何を飲みますか?」とメニューを持ってくるも、私はネオン看板の「エスプレッソ」を指差し「量は?」と問う。店主「ダブルだけです」。注文する。エスプレッソ・マシンからの音が店内から聞こえてまもなく、小さなテーブルにソーサーも付かずにカップは運ばれてきた。味は?悪くない、いや旨い。
支払いの段になって、百元前後だろうと、日本円三百円ほど、と思いきや、「五十元です」。コンビニの大カップ五十元と同じである。私は時あらば訪れることにした。そしてベトナム・ネールサロンのネオンサインと暗闇の残る路地裏でエスプレッソを味わってきた。ベジタリアン・レストラン、菜食飯屋のあとのディナー・コーヒーを。