Saturday, September 6, 2008

[廈門] ポール・フレール氏が教えてくれたこと

・今日はF1ベルギー・グランプリ決勝日。有名なオー・ルージュという坂を駆け上がるコースは刺激的だ。この地スパ・フランコルシャン・サーキットのオールージュを上りきったところに位置するターン5はスタブロと呼ばれていた。それを“カーブ・ポール・フレール”に改名したという記事を目にした。そのとき、フレール氏が亡くなられたんだと知った。91歳だったそうだ。昨年、ホンダ・シビックTYPE-Rで事故を起こした際の後遺症らしい。亡くなられたのは今年の二月。この地にあっては記事にタイムギャップがでてしまった。

・彼の記憶は雑誌「カー・グラフィック」の記事。そして「ハイスピード・ドライビング」という本。彼から教わったことは、「早く・安全・快適」なドライビング・テクニック。周りの状況をあらゆる手段を使うことで、安全を先読みすることができると説いていた。当時馬鹿にされていたオートマチック車も、軽飛行機を運転するようにアクセルとブレーキを両足を使って操作すれば、並のドライバーより安全かつ早く走れますよと教えてくれた。

・それ以降オートマの愛好者になった。何より常に左足はブレーキペダルの上にある。反応は確実に早く、安全な運転ができた。コーナーで、ブレーキを踏みながらアクセルを吹かすヒール・アンド・トーまがいなこともできる。旧碓氷峠の曲がりくねった坂道を、非力なシビックのオートマを駆ってスカGを追い詰めた記憶もある。(慣れないと危険です。まずは車の少ない幅の広い道を選んで練習してからに。)

・しかし90歳でTYPE-Rとは、さすが元モーターレーサーですね。ご冥福を・・・。

[ MEMO: 姐姐と食事の後、久しぶりの快晴、ホテルからの帰り道を写真にするの弐。半年以上が真夏日のアモイ、日陰がなければやっていられない。小都市ながらアモイはことのほか都市の緑化に力を入れている。特にアタシの住むこの地域、80年代、埋立地を開発した地区だけに緑が多い。 ]

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