Saturday, February 16, 2008

[廈門・612天] 離開 - 友、遠方より来たる

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

初めての賓客である。一年半、ここアモイに来て、初めての日本の客人である。かつて、魅力的な中国人夫人と連れ合いになられた友がカミさんの実家を訪れたついでにということはあったものの、アタシを訪ねてやってきた人間が今回初めてとは、仁徳の至らないところか。まあ仕方がないこととはいえ、友、アタシがこの地を離れるとあってそそくさとおいでいただいたわけである。わずか四日間とはいえ、四六時中日本語を話していたのは何年ぶりのことであろうか・・・。

偏屈な客人故、粗相があってはいけないと、練ったスケジュールはシンプルに。現代のアモイを一日、古いアモイを一日、独特な建築様式をもった住まいに一日。現代のアモイ、八十年代、門戸開放以降、特別経済特区として台湾からの積極的な投資を誘致するため、現代的な都市づくりを行った成果をお見せした。客人、町のきれいさと日本と変わらない風景に異国情緒は味わえなかっただろう。いや日本以上に西洋感覚の風景、人造湖周辺を散策し、珈琲店で雑談し、タイ料理を口にしていただいた。しかし客人、初めのひと品以外口に合わなかったようで、口をすぼめて何やら呻いていた。

期待した天候の回復はなく、曇天の空に寒気団、蒲団がないからひと組み購入しましょうの提案にも、いやいや東京と比べればと受け入れてもらえず、ひと夜を過ごせば、イヤー寒かったなー。二日目、結局客人綿布団を買い足した。その効力にいたく感動したのか、翌朝、効能の程度を口にされ続けておいでだった。風邪をひかれては面目立たず、一安心した次第である。しかし寒い、二日目の会食は、ばかでかいレストランにガッコの先生が招待してくれたものの、あまりの寒さに、アタシは酒も食い物ものどを通らない状態だった。

二日目。かつて疎開だった島に渡る。フェリーに乗り、車のない島内を、老街をさまよう。異国情緒たっぷりの路地裏。ふと目にした小奇麗な店構え。おい、コーヒーでも飲もうぜと店内に向うも、いやそこはホテル、開店したばかりのプチホテルであった。古いレンガ造三階建ての民家を改造し、まるで南仏かどこかを思わせるような設え。いやいやここならお友達とひと夜を…感覚である。部屋を拝見させていただいたが、窓からは、赤い瓦煉瓦の家並みが眺められた。

客人、時間のたつのも気にせず、あちらこちらとぶらぶらされていた。そう、のんきの過ごせる場所である、時間さえあれば。しかしまだ旅の一部を覗いたにすぎない。スケジュールに縛られるのがお嫌いな客人、そんな心配をよそに、またぶらぶら。何しろ寝具を購入しなければならないのだ。本島に戻り、そこにある老街で二晩限りの寝具を探さねばならない。満員のフェリーの客となり、埠頭の真ん前の老街へと向かった。

さあ、あすは客家人が住み続けた土楼を見に行く。朝が早い。客人、夜十一時には、ずっしりとした綿の掛け布団へと入っていった。

[ MEMO: アモイ本島の向かい、かつての疎開、コロンス島の路地裏。こんな風景がいたるところに見受けられる。絵かきとその弟子か、キャンバスをイーゼルに立て、創作に勤しんでおられた。客人、その色づかいに一言。 ]

Tuesday, February 12, 2008

[廈門・609天] 離開 - 家族

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

丸一日、インターネットに繋がらなかった。原因はこちらにあるわけではなく、マンションかネットの大元にあったようだ。それに海外へ携帯も繋がらない。日中間で何かあったのではと心配してしまった。真夜中の一時、ようやく復帰、ブログもメールのチェックもできたわけだ。いやいやそれだけで結構あわててしまう、困った時代に入り込んだものだ。というわけで、今日はいつもお世話になっている姐姐のこと・・・

アタシは家族という絆に薄い、と勝手に思っている。幼少の頃の父と母は一階と二階に別れて寝起きしていた。二階には異母姉妹が父と一緒していたし、酒好きの父は連夜のように外で飲み明かしていたから、なおさら父とは縁が薄かった。家族がまとまって何かをするという記憶もない。

ここ中国には、まだ家族という共同体が強く残っている感がする。当然故郷に愛着もあるし、郷土意識は一国に等しい。若い連中からは、徐々にその連帯感から離れたいという気持ちも時に見受けられるが、節目節目には手みやげをたくさんして戻っていく。長男長女は家族全員の面倒をどれだけ考えているかを見せなければならない。そのために出稼ぎに出ているのであり、たとえ身体を売ってでもやることはやらなければならない。

いやいや日本だってそうだよ、といわれればそうなのかもしれない。アタシの家が特別だったのかもしれないし、オヤジが医者という偏屈な仕事に就いていたからかもしれない。とにもかくにもアタシに家族という連帯感は薄かったし、今でもそうかもしれない。正月休み、みななぜアナタは国に戻らないのか、娘たちに会いに行かないのか、逆になぜ彼女たちはオヤジのところに来ないのかと聞いてくる。

過年(年越し)、廈門の知り合いがみな里帰りしてしまった。見るに見かねて乳飲み子を抱える姐姐が、ではおいでなさいと誘ってくれた。いけば、外に出ている子供たち二人、一週間、両親と過ごす。隣近所みな人の出入りが多くなる。里帰りしては村の知人たちへ挨拶に出かける。学校の友人、親戚、たくさんたくさん。単なる習慣だからか、義理からか、心からなのか挨拶は欠かせない。

姐姐の家では、ずーっと娘や息子がそこにいたかのように淡々として受け入れていた。気持ちの和む風景である。だからといって、アタシは長逗留できそうにない。結局最後は煩わしくなるだけなのだ。家事の手伝いにきているご夫人、今はいいけど、今後、必ず伴侶が必要よ、としきりに口にする。そうかもしれないが、今のアタシにはできそうにない。困ったもんだと思うも致し方ない。

[ MEMO: 乳飲み子を抱える姐姐。写真を見ると、一年前よりかなり肉がついたようだ。かつてはギスギスのお痩せだった。母親似である。で子供はというと亭主似か。 ]

Saturday, February 9, 2008

[廈門・609天] 離開 - 春節の行列

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

初三、正月三日、相変わらず天気はすぐれず、曇り空。なにより寒いのが身にしみる。姐姐の老家(実家)から戻り、あたりを眺め見ると、廈門の街は綺麗すぎる。ゴミを探すにも苦労するほどだ。誰かがアタシに語ってくれた。漳州[ zhang1zhou1 ] は脏(月+庄)州 [zang1zhou1 ] 、汚らしい県だと。確かに廈門との県境を越えると突然、雑然とした風景の中に入っていった。差は大きい。これからだ。

話は農村に。春節、初一は姐姐の家は客の出入りで賑わっていた。玄関先の一角、お茶の用具が据えられ、いつでも客の対応ができるようにしてある。正月祝いの挨拶に来る者、孫の顔を見に来る者。そして親父さんと真剣に話をしている者、いろいろである。深刻な顔をしていた人が去ると、姐姐の弟は言う、「農民は苦労が絶えないよね」。親父さん、どうも村の相談役らしい。それなりの政治的ポジションにいるのかもしれない。

田舎の正月、昼前、鐘と太鼓と爆竹の音が聞こえてきた。門の前に立つと、村の中心から隣村に向かう一団が現れた。ながーいながーい行列。賑やかだ。華やかだ。老若男女、それぞれに衣装を纏い進んでいく。何台もの御輿には神様が乗っていた。姐姐曰く、廟会 [ miao4hui4 ]、村の至る所で目にした廟が執り行っているのだそうだ。神様は久しぶりの外出となった。いかにもミンナンらしい風景だ。中国の他の地でもこのような会がもたれているかは分からない。

video

廈門に戻り、珈琲屋に出かけ、また昔の習慣に戻った。何もすることのなかったいっときの農村生活。都会に戻ると、また朝から晩まで電脳に向かっている自分がいた。ウィークデーは都会でビジネス、週末は田園のなかかー。悪くねーなー。

[ MEMO: 廟会の春節の行列。どこから始まったのかは分からないが、列は隣村に向かい、小一時間もかかってまた戻ってきた。その際撮影したビデオの一部です。 ]

Friday, February 8, 2008

[廈門・608天] 離開 - 田園・・・

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

勝間を思い出した。漳州の豊かな穀倉地帯の一つの農村、アタシには何もすることがない正月、ぶらぶらとあたりを彷徨うだけ。勝間の正月と同じだ。細く入りくんだ街路に車を目にすることはほとんど無い。ここではバイクが有効な交通手段である。バイクだけはひっきりなしに行き来している。村の中を、村から村へ、村から県道のバス停まで、一寸した荷物、全てバイク。そこが勝間と違うところか。

村は台地に位置している。平地は農地、おかげで村には緩やかな坂が多い。歩いていて風景が変化に富んでいる。台地は水害から村を守っているのかもしれない。大きな川はないが、堤防があるわけでもない。風景はそれだけで穏やかだ。畑の土を手に取ってみた。柔らかく適当に粘りけがある。美味しそうな土だ。

この村の主産業は農産物の出荷。そのなかでもキノコの生産が占める額は多いらしい。キノコは特別な倉で栽培されている。かつて、千葉の勝間部落で目にしたアガリスクの倉は簡易組み立て式のものだった。ここでは立派に煉瓦造りである。商売柄、オーこんな外観のレストラン、悪くネーなー、なぞ口にしてしまう。姐姐の弟が一軒のキノコ倉を覗かせてくれた。真っ白なキノコが蚕棚の床に眠っていた。

畑のど真ん中にも洒落た、とアタシには感じる、穀物倉もある。一人歩いていると、川縁の小屋からご老人が声をかけてきた。「オハヨウ!」といったらしい。ミン語だからアタシにはわからない。推測するにである。アタシも台湾語で返事をする。「オハヨウ」。ここのミン語は、廈門のミン語より台湾語に近いらしい。話し方が優しい。なにしろ村人はみなミン語、子供たちもミン語、ミン語で話をしていないのは外からやってきた人間だけだ。アタシもそうだし、近くの若造が連れてきていたオンナトモダチは黒竜江の出身だ。

ここ西門は川で隣村と仕切られている。僅か幅二十メートルほどだが、水は勢いよく流れている。水量はこの時期でも豊富だ。浮き草が流されていく。それに合わせるように、大量の石化製品、お菓子の袋だビニール買い物袋だ発泡スチロールが連れだって流れている。現代ゴミを処理する習慣はない。教育もされていないだろう。生ゴミは川の水も畑の土も食える。自然に帰せるが、現代ゴミはそれができない。この村でただ一つ残念で一番大きな問題点。

・・・アタシは誰に断りも無しにブラッとでてしまう。なにかあると姐姐の呼び声が離れていても聞こえてくる。暗騒音無しの環境である。おー、中国の農村で生活できるぞー。

[ MEMO: キノコの倉。煉瓦造。なかはがらんどう。竹でできた棚が何段にも積まれている。棚には土がしかれ、土に混ぜられたキノコの菌が成長して食い物へと変わっていく。なぜだか知らないが、頭の部分は棄てるんだそうだ。味が悪いらしい。頭の部分は畑の土にばらまかれている。そうだよな、昔は人様が食えなくても土が食っていたんだよな。 ]

Thursday, February 7, 2008

[廈門・607天] 離開 - 大晦日の食卓

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

大晦日の夕食、鍋に火を入れようにも電気プレートは暖まらない。客庁(客用の居間と思えばいい)に照明もない。それになによりしんしんと寒い。蝋燭を四本立てて雰囲気だけは醸し出している。乳飲み子を抱える姐姐の弟がLCDの懐中電灯をかざす。親父さん、厨房からLPGボンベと鍋を持ち込む・・・。

村じゅうが停電なのだ。新年を迎えるにあたり、外に出ていた連中がみな戻ってくる。さあ一家あげてご馳走だ、この寒さだ、鍋だ煮物だと家中の電気製品のスイッチが入る。これで変電所は簡単に音を上げたのだ。昔はそんなことはなかった。急速な高度成長、農村にも電化製品がどんどん入ってきた。一帯いつまで停電は続くのか、夕方四時からだ。ほんの一瞬照明器具が瞬く物の、直ぐさま消え去っていく。

アタシの大晦日はこうして始まった。早朝、掛け布団に枕を抱え、アタシの考えていた彼女の家をおもんバカって用意したが取り越し苦労だった。廈門に隣接する小都市郊外の、かなり大きな農村。みな生活苦に・・・と思いきや、廈門へ出荷する数々の農産物でそれなりに潤っているようだ。彼女の家には大きな寝室が三つ、小綺麗で清潔感がある。しっかりとしたベットにおしゃれな掛け布団、余計な心配をしたものだ、だったが、持ち込んだ寝具は意外にも役だった。なにしろ寒いのだ。住み手たちは寒いなーというものの、上掛け一枚で寝込んでいる。アタシにはなくてはならなかった。

昼前、村に入り、昼食後、姐姐の弟が村を案内してくれた。彼女の家は西門の近く、そこから四つ辻に出て、東門へと向かう。細くうねった路地はバイクが走るのが精一杯。昔ながらの煉瓦造りの家並みを過ぎると、急に賑やかになる。ながーい市場の始まりだ。閑散としてなぞいない。ここの人たちは海鮮が好きだ。牡蛎もある。その場で殻を捌いている。大晦日、今年最後の店開き。弟は理髪店を覗くも、客待ち状態だった。賑わいが途切れるとそこは村はずれの南門。そこから別の路で西門へと歩いた。

電気が通ったのは、結局夜の九時少し前、家中から歓声が聞こえる。こちらは既にローソクディナーを終えていた。この家に一台の電気ストーブ、それも赤子用、で足を温め床についた。暗闇のなか、爆竹の音が近くから遠方から聞こえてくる。いつまでもいつまでも・・・。

こうして農暦の大晦日が過ぎた。

[ MEMO: ローソクディナーのテーブル。蟹に牡蛎に先ほどまで裏庭で元気だった一羽の鶏に・・・と、ご馳走の山だが、アタシには一寸脂気が多すぎた。鍋に野菜をつぎ込んでは一人箸を運んでいた。それにしてもシンシンと寒さが忍び寄る。まるで冬の勝間のようだった。 ]

Tuesday, February 5, 2008

[廈門・606天] 離開 - 除夕

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

今年の二月六日、農暦の大晦日、除夕 [chu2xi1] と呼ばれている。中国じゅうが、世界の中国人の大移動の時期である。多くの店が閉め切られる。開こうにも物は入ってこないわ、人はみな里帰りしてしまうわで、誰もがままならない一週間を過ごさなければならない。というわけで近くのスーパーに買い出しに出かけた。おー客でごった返している。里への土産、留まる人間は自分の食い扶持を買い込む。いやはや混乱の最中である。

昨日、既に里帰りしたかと思っていた乳飲み子を抱える姐姐から電話が入った。「何してる。お手伝いさんは帰ったの?一人でボケボケしててもしょうがないでしょ、実家に一緒においで」。いやいや申し訳ないからいいのであります、と返事をすると、舌打ちをするような話し方、いいから歯磨きと布団一枚もって出てこい。はいですはいです、あー本当にこちらの女性は話し方がキツイ。そのくせすぐ涙する。相手する男性は当惑の極みに陥らないのだろうか。旦那、我慢強いなー。

というわけで、何はともあれ出かけてみることにした。海外で正月、昨年は一人廈門に留まり、ぶらぶらしてたっけ。それでも別に不自由しなかったし、結構暢気できたし・・・。しかし今年は一寸様子が違うのだ。なにしろ大晦日と新年を田舎で過ごせる。そして更に元宵節前には、我が日本の畏友、シンさんがこちらにやって来るというのだ。なおかつ購入した電脳のセッティングはまだ終わってないし、正月が明ければすぐ、ガッコの先生が勝手に段取りして、廈門の科学技術局に出向き、日本の環境産業の動向について話してこなければならない。暇を持て余すところではない。

どれもこれも「廈門に死す」ための一段階と思えば苦労を惜しんではならない。さあ新しい年に向かって走り出そう、きっとまた、何か新しい発見と体験を得られるに違いない。「明日に向かって走れ」かー。しかし映画のなかのあの二人の明日って何だったんだろう。とにもかくにも今日は除夜なのである。

[ MEMO: 今年最後の俗気であります。今世界中で話題の中国人女優、「色戒」の主演女優、湯唯。確か現在二十七歳だったかと。その少し前のこの写真、なかなかいいのであります。演技は迫真だったとはいえ、上手いとは思えない。しかし声がいい、声が。押し殺したような・・・。映画では見事な脇毛を見せておりましたが、これも国中の話題持ちきりでありまして、監督が女性の脇毛は官能の極めだという一言に騙されたとか、あの情交場面は本番だったかとか・・・。中国、元気であります。 ]

Monday, February 4, 2008

[廈門・604天] 離開 - 美麗的周日

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

この文は昨日書き留めた。天気があまりによく、気分が乗ってしまって記述したもの・・・。

眠る前十分に足先を暖めた。おかげでぐっすり、起床は九時半、それもガッコの先生から届いたメールのアラームがあったから。なければそのまま眠り続けていただろう。両手両肩の筋肉痛。一昨日、乳飲み子を抱える姐姐宅で、宝宝 [ bao3bao3 お嬢ちゃん ] を抱きかかえていたため。久しく乳飲み子なぞをダッコしたことがなかったからだろう、無理な姿勢と緊張とで筋肉痛になった。そんなこともあってよく眠れたらしい。

起きるとあたりがやけに明るい。居間にでてカーテンを引くと外はなんと光り輝く快晴である。こんな真っ青な空、ひと月以上見なかった気がする。向かいの島越しに、隣接する漳(氵+章)州までがくっきりと見えている。眼下の高速軌道工事の騒音が飛び込み、混雑する道路はクラクションが鳴りっぱなし、春節前の最後の買い出し準備に追われる自由市場、今日はなにもかも元気である。美麗的周日(美しき日曜日)の始まりだ。

とはいえ、これから十日間というもの、一人であれこれ切り盛りせざるを得ない。春節、みな里帰りする。元秘書は明日故郷へ向かう。今の中国語老師はすでに古里へと戻っている。珈琲店のお嬢さん、帰る前に食事をご馳走すると言っていたが音沙汰なし。連絡いれると既に車中にいた。乳飲み子を抱える姐姐は明日、赤子をダッコして一緒する?といわれたものの、寝るところもままならないだろう、遠慮した。相手してもらえるのは、元運転手と、造園工事屋のオニーチャンだけか。イヤそれだけでもありがたいことだ。

午後、ようやっと修理に出した電脳が戻ってきた。正確には別のマシンが届いた。前のヤツ、ハードディスクがぶっ壊れていたのだという。よもや、いとも簡単にぶっ壊れるとは。持ってきたニーチャンに聞いてみると、製品は中国製、国内の電脳全てが国産品だという。昔、マックのハードディスクがやたら壊れたが、当時のディスク、みな米国製だった。食品の検査態勢にしろ中国と米国はよく似ている。

この電脳、タブレットPCというヤツ、遊びがいがありそうだ。早速中国語表示を英語に変えてセッティングに取り組んでいるところだ。なにしろ、ぶっ壊れた前のヤツ、セットしようにも中文ではちんぷんかんぷんだったのだ。どうにか安心して使えそうだ。しばらくは夜更かしが続くだろう。何もやることがないよりマシである。

[ MEMO: 千葉の勝間の冬はこんな空をしていた。東京だってそうだろ。冷たく切るような風と澄み切った空、あまりに澄み切っているので太陽の輪郭が輝いてぼやけて見える。予報では、明日からまた曇天に戻るらしい。東京からは雪景色の話が入ってきた。 ]

Sunday, February 3, 2008

[廈門・603天] 離開 - 経済原則

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

寒い!凍える!床についても眠りに入れない!人肌が恋しい!は先日までのこと。今は赤いコイルが身も心も暖めてくれている。好きなはやり歌を聞きながらを聴きながらほっと一息ついている。しかし紹興に住むスカイプの友は、自分のコメントに「***こんなたくさんの雪は見たことがありません***」と記述していた。紹興のすぐ北の上海でも雪が降り続いているようだ。廈門の明日は今日より寒い。まだまだ寒さは続くのだ。

寒波の影響で、各地の交通が麻痺している。おかげで生活物資が高騰している。お手伝いさん、来るなり、鶏卵の値段が上がった、と不平を漏らした。春節前の稼ぎ時と流通がままならぬゆえの事である。

日本への送金と、銀行に出向けば、人民元は強いはずなのに、今日は弱含み、換金もままならない。闇で換金できるらしいが、日本円を銀行に持ち込んでも送金はしてくれない。その時には、闇の運び屋に頼む手段もあるらしい。最低百万かららしい。へーと話を聞いて、アタシのように法制度遵守に慣れきっている者には面白い話だと、やけに感心してしまったりする。カネになることなら何でもカネで解決できる。そうなんだ。経済原則なんだ。

カネになることなら客も平気で騙す。これも経済原則が生んだものだろう。大会社を離れ、デスクから気にせず海外へ国際電話していたのが止まった。仕方ない、自分の携帯からかけるほかない。そこで海外へ通話できる電話カードを街角の店で購入した。ところが使い方がわからない。珈琲店の可愛いお嬢さんが手助けしてくれたところ、千元をデポしないと使えないとわかった。カードがやけに安いわけだ。他の電話カード会社、ディスカウントはないが、デポしなくてすむのだ。外国人はとかく何やかや疎い。値切りができないのと同じだ。あー、何やかやどのくらい損したかなー、こちらに来て・・・。

KTVの歌手からメールが届かなくなった。先日のこと、客がつかないので来てー、とせがむ。あまりにしつっこいので、出かけて一言文句を言った。「・・・失業の身の男に・・・」。しかし彼女、本当にアタシの助けを求めていたのだ。失意からなのか、カネのない客に興味はないのか、メールが届かなくなった。一寸寂しい。これも当然の経済原則。

あー、カネは面倒くさいなー。あってもなくても面倒くさいなー。

[ MEMO: この白酒は旨い。辛口でさっぱりしている。寒さを堪え忍んでいたとき、早々と寝込むにはこれに限った。蕎麦チョコで二杯もやるとがーっと効いてきた。格好の睡眠薬でもある。 ]

Saturday, February 2, 2008

[廈門・602天] 離開 - 廈門最冷的冬天

[離開 li2kai4 ]:(人、物、場所から)離れる。(クラウン中日辞典)

寒い!凍える!床についても眠りに入れない!人肌が恋しい!真夜中に目を覚ましては白酒をぐっと一口、酔わなければ眠れない、それほど今冬の廈門は寒いのだ。ガッコの先生からショートメール。「ここ数日の廈門の天気は五十年来の寒さです。暖をとるように・・・」。ご忠告に従い、家の近くのスーパーで電気ストーブを購入した。

昨夜ほど快適に睡眠できたのは久しぶりだ。夜、デスクで十分に足を温めると嘘のように睡魔が襲ってきた。いい気分そのままに、ビールをひと缶空けて床につく。目が醒めると、真夜中にトイレに立つこともなく、八時半をさしていた。

このところ毎日のように町に出向く。人民元の換金やら、送金やら、電脳の修理やらで忙しかった。目につくのは町を行き来する人間の衣装。特に女性、クビにマフラーをみな巻き付けている。それも懐かしいチェ・ジゥ巻きで。昨年は確かファッションでしていたのを目にしただけだったのだが・・・。そう、今年の廈門は異常に寒いのだ。

中国じゅうが寒いらしい。各地で雪便り。交通に送電にと被害が出てきているらしい。この寒さ、滅多に雪な初めにしたことのない福建省にも雪を降らしている。内陸部の福州、南平、三明、山あいに向かう高速道路は軒並み遮断されている。さあ大変だ、まもなく過年、旧暦の大晦日、そして春節。出稼ぎに出ている方々は里帰りができない。福建だけでない、北へ西へ、安い交通手段しか選択できない出稼ぎ人は、バスか鉄道、どれもが混乱し始めているという。

しとしとと小雨降り続けるここ廈門、どんよりした空、それでも春節に向け、人々は準備に忙しい。先日、元秘書の誕生日祝いを買いに出かけた際、彼女、こちらのしめ飾り、壁に縁起物の文字や絵が描かれたのはどうかといった。部屋は華やかになるだろう。しかしアタシは必要としない。まもなく廈門を離れるのだ。華やかさを必要とする気分ではない。

[ MEMO: デスク脇に据えた電気ストーブ。赤色が気持ちを暖めてくれる。イヤ違うか、これは赤色ブルースの色だ。 ]