Saturday, July 28, 2007

[廈門・415天] 没有好消息

日本で避暑生活をおくっている方からメールの返事が届いた。「咳コホンコホンのジジイはゴメンこうむりますデスヨ!」と。なにしろひどい咳が出まくっている。喉をやられるような風邪は、今まで記憶がなかった。それがこちらに来てからは、風邪というと喉。空気が悪いのか、それとも化学プラントから流れ出る廃棄の影響か。

一人孤独な生活をおくっていると、そんなときには世話を焼いてもらえる人間がそばにいてほしくなる、と気軽に書き込んだら、「私には世話?面倒見てくれるイケメン先生達がイッパイいるから彼らに嫌われ無い為にもせっせと磨いております!」と事も無げにいわれてしまった。最後には、「もう少し明るい前向きなニュースをお待ちしております!」。

そういわれても、このところ明るい話しも前向きな話しもないのだ。憂鬱な話しだらけなのだ。その上この暑さ、うだるような暑さ、へばりつく湿気、何とかこれらを振り払おうと、老頭子の誘いにのって、久しぶりに珈琲店に出かけてきた。気晴らしのつもりが、やはりここでも怖ろしげな話ばかり語ることになってしまった。没有好消息である。長い人生、ときにはこんな時期もあるのだ、なぞ思ってみている。

そういえば、全く関係なく話が動くが、先日、サハリパンツを買った。軽く肌触りも履き心地も良さそうだった。一つ日本から持ち込んでいたが、換えがほしかったのだ。早速足を通してみた。暑苦しい。百パーセント綿だぞ、なぜなんだ。仕方なく日本製に履き替えた。厚手の生地だが、すっきりする。なぜだろう。あーやはりいい話はないなー。

おっと、今日は土用のウナギの日ではなかったかな・・・。

[ 写真: 出かけることもないので、インターネットからあれこれ写真を探し回っている。この写真は古い。張芸謀とコン・リー。どこかの映画祭でのショットらしい。わたしはこの二人がなぜか好きだ。 ]

Friday, July 27, 2007

[廈門・414天] 美麗人生

河北のスカ友は、blogタイトルに「醜い豚小屋」、ニックネームに「美麗人生」。相反する言葉で何かを語ろうとしている。若いからできることかもしれない。わたしなら、醜い豚小屋にどっぷり漬かってしまうところだろう。

廈門に来た目的が何だったのか、この一年考えたことはなかった。それがこのところなぜか反芻するように登場する。面白い仕事、一寸余裕のある生活、東アジア最後の旅・・・。読めば美麗人生そのものかもしれない。しかし現実は豚小屋だった、という実感か。

わたしは三国志を読んだことがない。多くの人が面白いという。何か権謀術策の雨あられのような感がしないでもない。だからいやなのだ。しかしここは中国である。三国志を知らずして人生を語るなという現実に直面してしまった。

一人の人間を陥れるための権謀術策、一つの部署がそれに全力を挙げた。しかし、陥れることはできたものの、その影響は大きすぎたようだ。親密な人間関係、楽しげな会話、協力し合う姿勢、そして本来の目的である仕事を効率よく進めるはずの手入れはできなかった。むしろ悪影響の方が大きかった。打ち合わせ内容が伝わらない、全ての案件の行程までもが狂ってしまった。そんな様をみて、陥れられた人間は、密かにほくそ笑んでいることだろう。ざまあみろと。

その影響で、わたしの部署が吹き飛んだ。まあ、本来おかしな系列にぶら下がっていたので、正常に戻ったといった方がいい。わたしは席を失い、昔の系列に戻ることになった。いざ戻るとなると、相応しい場所がない。仕方なく、デスクの配列がえに手をつけた。手をつけてみると、今までがなんとデタラメだったのか、驚かされた。

いやいや、近頃何か気力が萎えたのは、暑さのせいかと思っていたが、原因は他にもあったのだ。

[ 写真: 中国トップモデルの変わり種写真。「新風潮」とでも訳すのか、ウェッブ上のタイトルから見つけた。こんな調子でアジアカップを戦っていたら、きっとサウジなぞに負けなかっただろうに・・・などと妄想してみた。 ]

Thursday, July 26, 2007

[廈門・413天] 何もかも面倒だ

私は暑さに弱い。部屋の中だろうが、木陰の芝生だろうが、暑いとやたら眠くなる。今年の廈門は異常に暑いらしい。部屋の中は人が溜まるといっぺんに空調が効かなくなる。先日の会議だってそうだ。ホテルの管理システムについてプレゼンを聞いている最中でも、気がつくと説明の頁が先に進んでいたりする。一瞬気絶しているのだ。食欲もどこか出かける意欲もなくなっている。面倒くさのだ。

・このところ、若き妊婦と若き人妻が、私をあれやこれやからかうのだが、どーってことない話なのに、やたら気に障る。構わないでほしいのだ。それでなくてもこの暑さだ。

・暑さが手伝って、健忘症にもなっている。会社でやけに尻が軽いなと思いきや、財布を忘れていた。

・空調機の調節が旨くできずに風邪を引いた。会社の医務室で薬をもらい、女医さんから薬を飲む時間について何度も何度も念を押された。食前食後とあるのを間違えた。これも暑さのせいに違いない。どれもこれも面倒だ。

・まな娘にメールで手紙の転送が確実にできているか確認した。強烈な文句が帰ってきた。転送していないのは電話なのだ。暑さでボケが回っている。

・夕食の準備で料理の手順を間違えた。これも暑いからだ。

本当に暑いのです、今の廈門は。外に出てクラッとくるぐらいならまだしも、ドバッと汗が噴き出す。これがあと四ヶ月も続くのかと思うと、ガクッとくる。ここまでくると、快楽なぞ望む気もしなくなる。ビールの一口だって望まなくなっている。あとしばらく、体は休め休めさせながら動かないと、頭は適当に働かせないと・・・。

[ 写真: しかしこいつ=昔の秘書は暑さも関係ない。ヒョコッと家に現れては、おしゃべりして帰って行く。本心は分からないが、表面的には幸せそのものの表情だ。 ]

Tuesday, July 24, 2007

[廈門・411天] クラブカラオケサウナに茶館

廈門滞在一年以上、悦楽を提供する場を訪れたことがなかった。一度は覗いてみたいものだと思っていても、事情通でもなし、誘ってくれる人間もなし。要は周りの人間がケチなのである。ケチが悪いわけではないが、ときにはバカ騒ぎもいいと思うのだが・・・。

ここ数週間で、なぜか急にカラオケとクラブへと足を運んできた。事情通が誘ってくれたのだ。カミさんが里帰りしているときにしか、夜出かけることができない。一挙に店に出かけたのだ。不満解消ではないだろうが、違う世界もまたいいのだと、思っているに違いない。

廈門随一のカラオケ店は、エンターテイメントはここしかないという。それだけ自負しているだけあって、支払いは破格である。外国人といっても、そう易々と出かけられるものでない。そこで、先日はトップランクから一段落とした店に顔を出してきた。ステージあり、ボックスあり、個室あり、と一応揃っている。トップとの違いはスケール。こぢんまりとしている。ステージ上でダンスも歌もあるものの、学芸会の域を出ないが、そこはそこ、雰囲気は出している。なにしろカジュアルなのだ。気軽なのだ。

ホールは天井も低く、設備の配管はむき出し、黒くペイントが塗りたくってあるだけ。大昔、流行の先端は新宿からという時代に登場したディスコに似ている。店の女性もやたらと若く、私についた女性はなんとまだ高校生、十八歳、この九月に卒業予定という有様。ホールのボックスには、手ごろな価格も手伝ってか、若造の姿が目につく。いやほとんどが若造であり、白髪頭のjijiなぞ見当たらない。そういう人間は個室で静かにマイクを握っているのかもしれない。

週末に事情通の家を訪れた。彼が話してくれた。この手の店は、他にもいろいろあって、カラオケの他にも、いわゆるナイトクラブ、それにサウナ、そして茶館でも特別なサービスが行われているという。中国茶をたしなみながら、となりに座った女性との会話を楽しむこともできるのだという。茶館では、トランプあり麻雀ありなぞなぞ、なんでもOKなのだそうだ。

彼はお茶を点て、自分の名前をもじって「クラブリーへようこそ!」と。私はすかさず「女性なしのクラブですねー」。彼即座に答える。「カラオケ店のママに連絡入れてすぐにハケンしてもらいますよー」。続けて、「週末退屈でしたら私に電話ください。誰か行かせますから」。

ここまでくると、私とは全く違う世界だ。知らない世界だけに、味をしめたらハマってしまいそうだ。くわばらくわばら(死語だなー)。

[ 写真: 小型電池で動くリモコンヘリ。ホテルの軽食で食事をしていると、仕事はできないが、この手に目のないデブチャンが持ってきて、ホテルのアトリウムで遊んで見せた。直径僅か二十センチ足らず、正確に離着陸ができる。リモコンも十メートル程度はコントロールできる。優れものだ。早速彼に入手してもらうことにした。夜中に一人遊び、女性が傍らにいなくても退屈することはない。 ]

Monday, July 23, 2007

[廈門・410天] 雑記の続きの続き

・この夏の暑さは、本社の庭園の池の鯉に大きな影響を与えた。五月に気温が上昇、池に大量の藻が発生、呼吸困難になった鯉が数多く死んでいった。会社は、池の循環方式を改善し、水温の上昇を抑える改修工事が行われた。ようやく鯉は戻ってきたものの、馴染めない何匹かが消え去り、代わりに幼魚が今では放されている。

・暑さの影響だったのか、会社の組織に変動が起きた。組織の運営を正常に動かそうと、一人の人間からその職を剥奪する試みが動き始めた。権力争いが頂点を迎えたわけだ。結果、私の所属する部門から、私の課がなくなった旨、通知書が出た。つまり私の立場は宙に浮いてしまったことにになる。そんな私をみて、麗江の若造は、皮肉混じりに私に声をかけた。「昨日はよく眠れた?」。

・私は答える、「よーく眠れましたよ」。なぜなら、この件が書類になる前、すでに私の移動する先は決まっており、なーんも心配する必要は私にはなかったからだ。この動きを仕切った人間が私の耳元で早速とささやいていたのだ。わたしは元に戻ったというだけのこと。厄介だった二人ボス体制から抜け出したことになった。私は麗江の若造にそっと語りかける。「ある部門の人間が言っていたぜ、麗江の案件は問題が多いぞ、と」。かれ、がっくりとしおれきっていた。見るも哀れであるが、年上の人間をコケにしようとする際には注意が必要なのだ。本社の人間の強み、人の話に聞く耳持つ強みを発揮できたわけだ。私も意地悪になったものである。ここではそうでもしなければ、何をされるか解らない。

・元ボスの影響力が剥奪され、元ボスが仕事の体制を二重に敷き、動かしていた人間も、姿を消すか、別の人間の取って代わられることとなった。元ボスが仕切っていた体制の人間は、これから半分に減らされていくことになった。少なくない数である。元ボスの考えていた組織、本来意義のある組織だったが、彼の個人的な思惑から、育て上げることも、有効に働かせることも出来ず、他人に手渡したことになる。

[ 写真: 戻ってきた池の鯉。今のところ元気そうだ。池の水は表面は暖かいものの、下の方は水温は低く、鯉への影響は和らいだことになる。 ]

Sunday, July 22, 2007

[廈門・409天] 雑記の続き

・日本からメールが届いた。シンさんからだ。近頃私のblogを愛読しているが、ときに長い時間更新が途絶える。そのたびにいささか心配しておるという内容だった。心配していただきうれしいかぎりであり、友とはかくもよきものかと、遠く廈門から感謝させていただく。更新の中断は廈門の異常な暑さのせいであります。気力を半減させるほどの高温多湿なのであります。

・全てが暑さのせいであります。blog更新が滞ったのも、暑さのせいでした。なにしろ毎日が三十五度を超す。頭くらくらと来ておりました。追い打ちをかけるように湿度が上がっていく。もうトルコ風呂のようです。いやトルコ風呂には一度も入ったことはないんですが、映画で見ると蒸気としたたる汗とが印象的でした。毎日がそんな具合でした。部屋に戻るとぐったり、ばったりでありました。

・馴染みの珈琲店、火曜日は買一贈一の日。ピザが二倍楽しめる日。仕事を終え、若き妊婦ご夫妻と訪れてみます。珈琲は注文せず、ピザだけというケチケチ夕食。12インチを一枚注文し、贈一のピザ二枚、三人でも残りがでる。私はその分を持ち帰り、朝食にすることにしたのであります。

・早々と店を出、ウッドデッキが続く真夏の海岸にあるビアレストランに。毛唐の経営らしい。大昔のヒッピーの残党という感ありの男が仕切っています。見るからに汚らしいこの男、見覚えがある。いつもの珈琲店で、ビールで顔を赤らめ、若い中国女性を相手に、なにやら口説いている姿を思い出したのです。彼に儲けさせるのかと思うとなにやら腹立たしくなりました。これも暑さがさせたことであります。

・あー、そういえばカラオケ店に出かけたことは話さずじまいでありました。カラオケなので、普通のお店と思いきや、廈門随一のエンターテイメントな店であります。美女千人が常駐し、大ホールでショーあり、個室あり、店の格の高さは有名らしい。抱える美形は中国全土からやってきているといいます。その分十分に出費させられます。男三人に、女性が三人付き、テーブル係が二人、この女性へのチップと部屋代、酒代、しめて一人平均800元となったのです。日本円で約一万二千円。

・このところやけに出費が多い。先月先々月とケチケチ生活で、貯蓄を始めようと思ったものの、カラオケ店を始め、頻繁に訪れた珈琲店、人を連れだっての外食と、口座の残高は減り続けてしまいました。これもみな暑さのなせる業であります。

では反省して、明日からは自炊の生活、自分で珈琲を立て、ビールはスーパーで購入、空調も入れず、バカ暑くむしむしする気候に順応できるよう試してみることにします。

[ 写真: 海浜公園で見た月。おぼろ月である。 ]

Monday, July 9, 2007

[廈門・396天] 一服

三十五度を超えた。新しく移動した席は、広々とし、嬌声も届かない落ち着いた環境にある。しかし西日をもろに受ける。ブラインドがあるとはいえ、大きなガラスは、否応なしに熱気を吸収する。午後三時をすぎると、暑さで体がぐたっとなってしまう。いっぺんに朝の元気が吹き飛ぶ。電話の受け答えにも顕れるらしく、みな、どうしたの?と聞き返してくる。

とはいえ、家でのんびり休むわけに行かない今日この頃だ。今晩は、カラオケなのだ。一つの大きな現場の所長、といっても若い台湾人と、日本の女性がママをしているというお店に行くことになっている。だるく、眠く、でたくないが、出かけてきます。

今日のブログは写真なしの、簡単報告でご勘弁を・・・。

[ 写真: というわけで写真を探している時間がありません。なーんもないです。 ]

Sunday, July 8, 2007

[廈門・395天] 雑記-II

・そういえばこちらでカラスを見たことがない。南に位置すぎるのかな。夕刻、カラスの鳴き声が聞こえないのは少し寂しい。

・ツバメが姿を現すようになった。俊敏に飛び回る様は見ているだけで気持ちいい。東京ではどうなのだろう、かつてはツバメの餌がたくさんあった東京、今は熱気で死に絶えたか。

・空調をかけ、上半身裸で横になったら腹を下した。昨日事だ。そのまま今日日本語の先生がわりをしに出かけた。昼飯を食べ終えて外に出たらヤバイ、我慢できそうにない。近くの韓国食材点に入りトイレを借りた。ささやかなお礼に韓国インラメと焼き海苔を購入した。しかし下痢はヤバイ、堪えきれないのだ。

・会社をガラガラポンするネタを集めている男から電話が入った。「アナタノ属シテイル部門を潰スカ縮小スルツモリダ。アナタハドノ部門に入リタイカ。」と聞いてきた。夕食の後、彼と話をしてきた。長々と会社の行く末について談じてきた。厄介な会社なのだ。彼はそれに筋道をつけようとしている。可能だろうか、期待したいところだ。

・しかしありがたいことだ。普通なら、勝手に決められて部署を移動させられるものを、私の要望を聞いてから動くことにしてくれた。人社会、笑顔を絶やさず、会話を楽しみ、煙草を交換し合い、つながりを大切にしておくことだ。私は別に意識してそうしたわけではない。これ人徳。

・口うるさき日本の未亡人からメールが入った。私のメールを読んで、老人性鬱病だといってきた。自分でもそんな感じがする。口うるさき日本の未亡人からメールが入った。ボスが私の中国語がまだまだだという伝えに、一番の解決法は、若き男子か、若き女子を友とすることしか方法はないといってきた。自分でもそんな感じがする。適切なアドバイスをくれる優しき未亡人である。

・町を行き来する若き女性、珈琲店の若い子たち、みなヘソ出しのGパンを穿いている。骨格のいい彼女たち、様になっている。中にはオバサンも。オバサンも様になっている。体格の違いか、腰回りが実にしっかりしている。それにしてもみなGパン姿だ。何故だ。

[ 写真: なんのネタもないので、古い写真から引っ張り出してきた。梨風大師からいただいたブリキの猫。 ]

Saturday, July 7, 2007

[廈門・394天] 雑記

・日本では今日七夕か。テラスに出て空を仰ぐも星は何も見えない。町全体を贅沢に照らす照明が原因だ。

・河北の友は新しい仕事場に馴染めないでいるようだ。体調がよくないという。先日、何故近頃連絡をくれないのかとSMSが入った。あなたのblogが以前のように活き活きしていないから、故意に連絡を入れなかったのだと答えた。なにやら不満そうな文面が届いた。

・ボスは相変わらず、私の中国語に満足していないようだ。他の人にそう漏らしている。その分しっかりした仕事にありつけないと感じた。これは私にとって辛いことだ。また中国語の会話の授業を始めるか。先生は誰にする。一番大きな問題だ。昔の老師を呼び戻すか、新しく気分一新できる先生を捜すか・・・。

・辣腕総経理が何故去ったのか、まだ誰も知らない。本人が一度私に語ったことがあるものの、私の中文能力では理解できなかった。何か我々の知らないことが彼に身辺で起きていたのかもしれない。なぜなら、最も彼を理解していたボスですら分からないのだから。

・人間引き際が大事だ、日本人の感覚なのか。元ボスの周辺から次々と人が去っていく。見るに堪えられない。ボスは彼から仕事を徐々に切り離している。仕事に取り組まない元ボスを見ての対処だ。言い訳は出来ない。人間引き際が大切だ。

・影のボス直轄の部門がある。会社内部をガラガラポンするネタをつくっている部署だ。このトップがDVDを貸してくれた。今日半日かけて半分見終えた。日本の連ドラ、「ハケンの品格」、台湾版、「派遣員的品格」と、代わり映えしない翻訳だ。。篠原涼子のキャラは、彼女らしくて私は好きだ。

・明日は日本語の先生がわりをする日。会社の行き来と全く関係ない一日。日本語を必死に学ぼうとしているこちらの若者に接するのは楽しい。

[ 写真: 廈門の夜景、ビルの照明、コロンス島の明かり、対岸彰州の工業地帯。何故か豊かさを感じさせる光景。 ]

Friday, July 6, 2007

[廈門・393天] 手助け

珈琲店で働く小姑娘二人、仕事探しに必死になっていた。我々幹部がよく訪れるので、何かと会話に入ってきては、きっかけを作ろうとしている。一番人を必要としていたのは、酒店となりでばかでかい工事を担当している老頭子。しかし、彼は若く経験の少ない人間はいらないと常日頃語っていた。せいぜいホテルの幹部に声をかけてあげるぐらいだろう。麗江の若造はほしがっている。しかし彼は危険だ。仕事を超えた人事に関わってしまう可能性がある。

まあ幹部といっても、人事権があるわけでなく、最終的には董事長にお伺いが必要なのだ。事はそう簡単に動かせない。そこで私はホテルに移動したばかりの、交流を最も得意とする元秘書に声をかけてみた。彼女と一度、珈琲店に出向き、面通しをさせた。しばらくして、ホテルの経理から経歴書を持って面接に来てみなさい、と返事をもらったという。

では連絡を入れてみては。彼女、携帯がつながらない、プリペイドカード(ここ中国はプリペイドのみ)が空らしい。きっと金がないのだろう、追加のカードが購入できないでいるのかもしれない。仕方なく、私がもう一人の小姑娘に連絡を入れ、元秘書に電話するようすすめた。

帰宅してすぐ、もう一人の小姑娘から連絡が入る。二人して酒店に行ってきた、元秘書と話をしたところだ、という。二人時間があるので私の家に来て食事を作りますよー。エッ?今晩は元秘書と一緒に珈琲店に出向き、酒店の件を君たちと相談する予定だったのだよ、と告げ、では元秘書共々食事をしよう、とあいなった。

四人、一寸多めの食事を取り、私の家にやってきて、彼女たちの交流が始まった。元秘書と二人の小姑娘、方や珈琲店の内幕を、方や酒店のあれこれをしゃべりまくっている。元秘書、こういうときは活き活きと話をする。特に若き小姑娘に仕事を紹介してきたばかりだ。酒店が駄目なら、もう一つのホテルで面接してきなさい、酒店の彼とは話が付いている、彼は人事担当だ、と姐御気分になっている。気分が良さそうだった。

扶助 ( fu4zhu4 )の精神。ここ中国は人と人、組織をさしおいても人と人の関係が優先される。今の私、組織の中のポジションに関係なく、必要な人間を捜しては一緒に仕事をしている。これも一つの扶助。悪くいえば配下をつくっている。麗江の若造が、体制を語って私の仕事をさせようとする。そうなれば役に立たない組織の論理を振りかざすまでだ。

[ 写真: 記事とは全く関係ない写真。こちらのウェッブ上で探し出した章子怡(チャン・ツ・イ)の映画シーン。着物をモダナイズ、映画を見ていないので何も言えないが、コスチュームがいい。 ]

Thursday, July 5, 2007

[廈門・392天] 歩き疲れて・・・

一年前のこと、中国東北地方に出張した際、日本のカード会社から電話が入った。あなたのカードが悪用される可能性がある、という。僅かな金額だが、一度使われると、そのあと大金を支払わなければなる、カードを止めていいか。勿論同意、どこの誰がフィッシングしようとしたのか、カード会社ではだいたい見当がついているらしかった。

こちらでクレジットカードを使うことは全くない。まず使う場所がかなり限定されること、つまり不便なのだ。日本にいたとき、私はしばしばインターネットショッピングをしていた。日本で購入できない商品を手に入れるためだ。お店を限定しているせいもあるが、問題は一度も起きていない。

ここ中国ではまだ外国製品を入手しにくい。出来ても関税の関係でかなり高価だ。私はこのところ、ある商品がほしくてたまらない。日本に戻ってまで手に入れたいと思っている。安心してこの地でインターネットショップが使えるだろうか。あれこれ考えてみた。リスクはあるものの、銀行にある金を分散させることで、被害を最小で済ませられるだろうと、昨日銀行に出向き、綱上銀行(インターネットバンク)の手続きをしてきた。

銀行に金さえあれば、つまり現金さえあれば、ショップは銀行カードを一番信用する。銀行のこのサービスを受けることにした。若き妊婦に同伴してもらい、早めに会社をで、まず預金の一部を引き下ろし、この現金を別の銀行に新しい口座を開き、預金する。暗証番号保護のため、この口座は使わないようにする。そして元々の銀行口座を使って綱上銀行(インターネットバンク)を開いた。使えるようになるのは一週間以内だという。一つ楽しみが増えた。

はじめにこの手続きをしたいがどうしたらいいだろうか、若き妊婦に話したところ厄介なことをいう。パソコンを銀行に持ち込み、二度にわたりあれこれ・・・ということだったが、実に簡単、窓口一度で全て片が付いた。彼女もついでに綱上銀行の手続きをしていた。中国もサービスというジャンルに力を入れ始めている。

もう日が落ちかけていた。手伝ってくれたお礼にと、若き妊婦に肯徳基 ( ken3de2ji1 ケンタッキー・フライドチキン ) で鶏腿 ( ji1tui3 ) をご馳走した。彼女と別れ、ひとり海浜公園をゆっくりゆっくり、日没の海岸線を汗を流しながら帰路についた。海浜公園からみる内海の風景は、流した汗を忘れさせてくれた。歩き歩いて家に着くと、そのままベットに横たわり、気がつくと真夜中の三時、十分疲れていたようだ。

[ 写真: 今年初めに開かれたばかりの海浜公園、珈琲店あり、パブあり、スナックあり、スタンドバーありと、夜中はなかなかの賑わいだという。一度訪れてみたくなった。 ]

Wednesday, July 4, 2007

[廈門・391天] 希比


こちらに来た当初、私が元ボスからよく言われたのは、「ヒッピーみたいだね」。ヒッピー(希比 xi1bi3"hippie" )なぞ死語かもしれないが、元はといえば、物質文明や既成の秩序に反逆する人間をさしていた。そのうち、愛を語り平和を望み・・・なぞ俗に語られるようになる。

元ボスの意味するところは服装。Gパン、Tシャツ、コンバース。大企業にあってはならない様をさしている。まあ当時はホテルの工事現場が事務所だったので、現場の人間と一緒、格好をどうこうという話は重要ではなかった。

それでも、現場視察に来た影のボスの前に、そんな格好で私は現れた。しばらく一緒して話を聞いていたが、元ボス、私を呼んで「もう下がっていいよ」。工人と間違えるような様で現れるな、ということ。

それから一年、ある時元ボスが私に話しかけた。「君は平和を愛する人間なんだね」。当然である。好んで喧嘩を売るようなマネはしたくない。ボスは意識的に喧嘩を売る類の人間。自分でもいうように、かつてはヤクザまがいだったこともある。のし上がる、仕事を盗る、金を得る、平和主義ではなしえないと思っている。

会議で激論を交わし、自分の意見を頑固に押し通す。人のアイデアを自分のものにする。出来る出来ないはおいといて、自分ならもっといい案を提供できると語る。仕事を盗るにはこの方法しかないと考えている。私は違う。通すべき筋は通す。彼とは水と油なのだ。このところ、彼と会話を交わしたことがない。例えヤクザまがいでも、昔のように、まずやるべきことはやる、口にしたことは実行する、という姿勢が見えないからだ。

仲間うちに話す。元ボスは辞める辞めるといっていっこうに辞める気配がない。我々が去った後でも、きっと彼は辞める辞めるといい続けながら居続けるだろうと。

[ 写真: ヒッピー・ジェネレーション末期に登場したロック・グループ、イーグルスの若き頃と三十年後の彼ら。最近は YouTube で、しばしば「ホテル・カルフォルニア」のライブをみている。MTV全盛期の、好きなビデオクリップが、今ではウェッブでみることができる。孤独な夜を一人過ごすにはうってつけだ。 ]

Tuesday, July 3, 2007

[廈門・390天] 老頭子密かに策す

最近、とみにあたしと親密さを増している台湾老頭子、こちらに来てまもなく一年を迎える。はじめは何故か孤立していると感じたり、総経理だと威張る風情を見せていた。それも辣腕総経理に取って代わられ、ショボンとするわ、仕事が動かないわで、気持ちが追いつめられていた。彼に原因があるわけでなく、二人のボスの権力争いに巻き込まれたのだ。

今年、確か春節以降だったろうか、彼、居直った。ボスから能なしといわれ、台湾に戻れといわれ、彼は「ハイ」と答えたのだ。ボス、今すぐとはいわん、ということで、肝がすわった老頭子、ボスに左右されることなく、自分の考えで仕事を始めた。以降、おどおどとした素振りがなくなった。駄目なら駄目、できることしかできない。徐々に彼の仕事はボスに評価されるようになった。反面、反目の相手、元ボスは、そんな彼の、ボスに顔を向ける態度に腹を立て、始終罵るという。

能なしが何十人いても仕事にならん、十人で十分だ、老頭子はいい始めた。もともと元ボスが集めた人間、仕事もないのに現場事務所でぶらぶらしている。イヤ、ないわけではない、元ボスが仕事に集中しない、したくない仕事に手を出さない。結局何もすることがないのでぶらぶらしている。

人事権は権力者の手の内にある。かれはこれに挑戦し始めた。ケチなボスは彼に聞く。「何故こんなに大勢の人間がいるのだ、彼らは何をしているのだ」。老頭子はボスの一言を理由に、人員削減に取り組み始めた。

職員は毎年、労働契約を更新する。老頭子、どうやら役立たずの名前をボスに伝えたらしい。手始めに九人の職員、ボスの同意がなく、契約更新できず退職していった。他にも何人かは任意退職している。もし昔の、あたしの秘書がここにいたなら、確実に首になっていただろう。それを察知し、亭主に不倫の疑いをかけられた女性が拾い上げ、ホテルへと移動させたばかりだった。

老頭子、別に改革に取り組んだわけではない。自分の仕事をしやすくするために考え、それを実行しただけだ。結果、元ボスの配下にあった連中が去っていく。この出来事を元ボスはどう感じているのか。大企業にはそれなりの文化がある。この文化を変えるのは至難の業ではない。老頭子のように、居直ってこそ、少しづつだが、変わっていくのかもしれない。この様子を脇で見るあたしは、依然第三者であり続けている。あたしこそ明日がないのかもしれない。

[ 写真: 本当の夏空だ。澄んだ空、白い積乱雲、夏なのだ、廈門は。 ]

Monday, July 2, 2007

[廈門・389天] うるさいのだ!-II

夏のうだる暑さ、へばりつく湿気、それだけで疲れてしまう。一寸詰まった仕事を終えて帰宅、食事を取り終えるとバタッとベットに倒れ込んでしまう。と、突然大音響。重機関銃が爆裂したようなドッドッドッという響が寝室にまで届く。はっと飛び起き、何時かと、携帯を見やると夜中の十時。音源とおぼしき先を探しにテラスに出る。目の前で道路工事が始まったのだ。

どうもこちらでは、公共工事は二十四時間構わないらしい。昼夜明け方お構いなし。機材が揃えば、工人が集まれば仕事を続ける。常識らしい。だからみな何も言わない。お上の仕事に口出しはしない。だから夜中に突然地響きのような音が響き渡る。これ常識らしい。

では、民間工事はどうだ。前に住んでいた高級住宅地。高級マンションをにょきにょきと建設中だ。民間も国に習って追い込みになると二十四時間体制。高層から廃材を下に投げ捨てる。ドーンという音があたりを揺るがす。それも早朝。誰も文句は言わないのか。

これも以前住んでいたマンションの話し。上の階の大家、半年にわたって自宅を改装していた。週末をゆっくり休もうと思っていても、突然ドリルの音が。これがずーっと続いていた。ドリルのバイブレーションに酔しれたのではと思ってしまう。ときにはコンクリート釘を打ち込む音。さすがに夜の十時過ぎには終えていた。私は文句を言わなかった。言おうにもどう表現したらいいのかも分からなかった。

もう一人の老頭子と若き妊婦、彼らは同じマンションに住んでいる。このあたり、国際船の発着が可能な大埠頭を建設していた。それに伴い、周辺は大開発中。となりで超高層マンションを建設中。ある日ある晩、彼女が眠りについた途端、甲高い金属音が鳴り続いたという。いわゆるキーキーという、頭に触る音。亭主は出張中ということで、若きご婦人一人、現場に乗り込むわけに行かず、電話をかけたそうだ。現場の人間曰く、「文句を言ってきたのはあなた一人ですよ」。で、またまたカチンと来て持ち前の強気な発言で黙らせたらしい。

かつての日本、高度成長期の東京はどうだったろうか。今でこそ、工事時間は法で決められ、真夜中にうるさい音はなくなっているはずだ。みな同じ路を通り過ぎていくのだろうか。

[ 写真: 廈門は岩の島である。一寸掘るとばかでかい岩が首を出す。大きな工事現場では、ハッパをかけ、砕いて運び出すが、人通りの多い路の脇なぞでは、重機を使い、時間をかけ、小さく小さくして運び出す。 ]

Sunday, July 1, 2007

[廈門・388天] 戻ってきた友

河北のskypeの友が戻ってきた。戻ってきたといっても、彼女のblogが再開されたということ。失業後、新しい職場に移つった彼女の心境が述べられていた。まだ馴染めないのか辛そうで、疲れたと書かれていた。全て昔の辛かったことを忘れて新天地に向かったわけだから、そこでの成功を祈るより他ない。

どうも彼女、愛哭 ( ai4ku1 泣き虫 ) らしい。チャットのなかで、泣顔の絵文字を使うことが多い。新しい職場の総経理との面接の席で、ある話題になって泣いてしまったという。自分でもなぜだか分からないと書いていた。昔からなのかは知らない。

私の中文読解能力は高くない。それでも、彼女のblogを覗くのは楽しみだ。実に感性豊かに自分を表現している。外国人に読む気にさせるだけでもすごい。分からない単語や、文節にぶち当たると辞書を引かせる。中文を勉強させてくれる。わたしにとって、すばらしい中国語の教師である。

感性の豊かさは、一寸したことにも反応して見せてくれることでも分かる。先週、私が日本語教師のまねをしてきたことを話すと怒っていた。何故?と聞き返すと、私だけの日本語の先生でなくなったから、と答えた。うれしいかぎりである。

私が彼女と知り合ったのは、skypeを開いていたとき。あるチャットが入った。そこには、「廈門で孤軍奮闘中、ヒャヒャ!」という一文。わたしのプロフィールの自己紹介を冷やかしていた。面白いアクセスをしてくる人がいるな、というところから始まった。チャットはごく普通の会話から始まったが、内容がとても素直だった。付き合っていけそうに感じた。率直なのは、チャットに反応しないでいると、「返事がない・・・」、絵文字で涙顔を送ってきたり、冗談で「アホ!」と書き込むと、「傷ついた」と返答してくる。

彼女とは一度会って話をしてみたい。屁理屈好きな私も、きっと率直に対応できそうな気がする。

[ 写真: 昨年、嫉妬に駆られた亭主と戸惑った彼女の仲裁に入った後、道端で購入したジャスミン。冬場に向けて枯れるのではないかと心配していたが、今は鮮やかな緑に。二人の関係も新しい芽をふいてもらいたいものだ。 ]